歪んだ月が愛しくて2
失われていた“思い出したくない記憶”の中にまもちゃん達との思い出は入っていなかった。
つまりそれは俺にとって“忘れたくない記憶”の一片だと言うことになる。
あの頃はまだ父さんと母さんも生きていて、俺も自分が養子だと言うことを知らなくて、カナとも気まずい感じじゃなくて、兄ちゃんのことも兄としか見ていなくて、文月さんのことも嫌いじゃなかった。
まもちゃん達に出会ったのはその頃だったと思う。
「俺って頑固?」
「わっはははっ!自覚しとらんかったか!リリーは出会った時から頑固で、自分がこれと決めたらとことん突き通す意志の強い子じゃったよ。覚えておるか?昔、儂と聖とレティとリリーの父上の5人で庭で茶を飲んでいた時、リリーは庭一面に咲くラベンダーを見て“ラベンダーより温室にある白い花が好き”って言ったんじゃよ」
「白い、花…」
『温室の白い花?』
『もしかして百合のことじゃないか』
『でも何で百合の花が好きなの?百合は見た目は綺麗だけど匂いが強いからあまり好かれないお花なのよ』
『でもおれはあのはながすき!ラベンダーよりもおおきくていろがきれいなんだもん!』
『おや、リツは白が好きだったんですね』
『うん!だってしろはかーさんととーさんのいろだから!』
「それ以来、リリーはうちに来る度に温室に籠るようになって、一日中温室にいて脱水症状を起こして倒れたこともあったな。まあ、庭の花をラベンダーから白い百合に変えてからは元気に外で遊んでくれるようになったが」
「………よく覚えてたね、そんな昔話」
「当たり前じゃよ。リリーとの大切な思い出を儂が忘れるわけなかろう」
「ぶっ倒れたのが?」
「流石にあれは肝が冷えたが、リリーがどれほど百合を好きか思い知らされたよ。それからじゃよ、レティが“リリー”と呼ぶようになったのは。百合の英名はLilyだからの」
「ああ、それで俺ってリリーだったんだ。てっきりレンちゃんが発音しにくいから皆そう呼んでんのかと思ってた」
「それもあるがな」
あるんかい。
本当、まもちゃんは昔から良い意味で適当なんだから。
「まあ、儂に言えることは、リリーは自分の思うように好きにやればいいってことじゃよ。面倒なことは全て大人に任せればいい。子供は甘えるのも仕事の内だからの」
「甘える…?」
「リリーはもう高校生で大人に片足突っ込んだ微妙な年頃じゃ。自分の言動に伴う責任がついて回る頃じゃが、儂からしたらまだまだ高校生の子供でしかない。それにリリーの場合は責任どうこうよりも、まずは人に甘えることを覚えた方がいいからの」
「………」
これは逃げてもいいと言われているのだろうか。
クラスメイトへの謝罪も、覇王からの追及も、会長とのことも、その全てから逃げ出してもいいと言われているように思えてならなかった。
……いや、多分そう言ってる。
何も知らないはずなのに、まもちゃんはあの頃からいつも俺に優しくて、誰よりも俺に甘かった。
でも何も知らないからこそ、無関係なまもちゃんに甘えてしまいたいと思うんだ。
まもちゃんなら俺が「逃げたい」と言えば、きっとここじゃない遠いどこかに連れて行ってくれるはずだから。
でも「逃げたい」の一言が喉に閊えて言葉に詰まる。
逃げたくて、消えてしまいたいはずなのに。
「俺、ビビりだからさ…」
そのくせ一歩踏み込む勇気すらない。
『嫌いな食い物は素直に言えるくせに怖いものは言えねぇんだな。ビビってんのか?』
……本当、その通りで笑えるよ。