歪んだ月が愛しくて2
俺が席を立ち玄関に向かうと、まもちゃんと田中さんだけでなく他の使用人達までもが見送りに来てくれた。
「リリー、学校まで車で送ろう」
「え、いいよそんなことしてもらわなくても。下山すれば電車くらいあると思うから俺1人で帰れるよ」
「儂がリリーを送りたいんじゃよ。そうすればもう少し長くリリーと一緒にいられるからの」
「まもちゃん…」
「田中、車の準備を………チッ、もう嗅ぎ付けおったか」
そうこうしている内に1台の車が門の前で止まった。
見覚えのある車体にまさかと内心驚いていると、まもちゃんは険しい表情を浮かべながら門を開けるようにと使用人に指示を出す。
門が開くと車は俺達がいる正面玄関の前に停車し、すぐに運転席のドアが開いた。
「立夏様、お迎えに上がりました」
「え、哀さん?何でここに…」
やっぱり。
見覚えのある車だと思ったら鏡ノ院の車だったか。
「立夏様を返して頂きます」
いや、だから何でここにいるのか聞いてんだけど。
「………」
哀さんの言葉にまもちゃんは何も言わない。
ただ感情の読めない表情で哀さんを睨み付けていた。
「立夏様、こちらに」
「あ、いや、でも…」
まもちゃんが送ってくれると言っていた手前、哀さんの車に乗り辛い。
とは言え、態々車で迎えに来てくれた哀さんにこのまま引き返してもらうのも申し訳なくて、俺の足は前に進むことが出来ないでいた。
「迎えが来てしまったようじゃの。残念じゃが2人きりデートはまた今度じゃな」
するとそんな俺の心境を読み取ったかのように、まもちゃんの大きな手が背中を押してくれた。
「……ごめんね、まもちゃん」
「何、リリーが気にすることではない。デートはいつでも出来るし、リリーから電話をもらえれば儂はいつどこにいてもすぐに駆け付けるからの。だからリリーは大船に乗ったつもりでやりたいと思ったことを全力でやりなさい。儂等はいつでもリリーの味方じゃ」
「ありがとう…」
哀さんに促されて車の後部座席に座ると、来た時と同じように沢山の使用人達が俺の出発を見送るために花道を作った。
「行ってらっしゃいませ、立夏様」
そう言って田中さんが頭を下げた直後、他の使用人達も復唱し深々と頭を下げた。
身分不相応な大層な見送りに若干顔が引き攣ったのは言うまでもない。
「リリー、また会おう」
「うん、またねまもちゃん」
窓から身を乗り出して手を振る俺を急かすように、哀さんの運転する車がまもちゃんの別荘を後にした。
「哀さん、聖学に戻る前に寄ってもらいたいところがあります」
「……本当に、宜しいのですか?」
「いいんです。自分で決めたことですから」
「………」
車中、哀さんは俺がまもちゃんの別荘にいたことを咎めなかった。
そればかりかその理由すら詮索されないことに疑問を感じたが、どうせ俺が身に付けている何かにGPSでも取り付けてるのだと思い、俺もまもちゃんのことには一切触れることなく車は目的地に向かって走り続けた。
何で哀さんがまもちゃんのことに一切触れないのか?
何でまもちゃんは哀さんを睨み付けていたのか?
その理由を知ることになるのはもう少し先の話だった。
「忍足の奴、足止めに失敗しおって…」