歪んだ月が愛しくて2

大好きな人




未空Side





バンッと、執務机を叩く音が鼓膜を揺らす。



「……立夏をどこに隠した?」



地を這う低い声と共に、尊は鋭い眼光で理事長を睨み付ける。



「さあ、どこだろうな」



誰の目から見ても分かるほどプンプンの尊に、よくそんなふざけた返答が出来るものだと感心する。



「テメー…」

「言ったはずだ、何度聞かれてもリツの居場所は教えないと」



こんなやり取りがもう2日も続く。



リカが姿を消したのは体育祭の翌日だった。
作戦会議を終えた尊が自室に戻ってみると、リカは忽然と姿を消していた。
報告を受けた俺達も必死に学園内を捜したけどリカの姿はどこにもなくて、防犯カメラの映像を確認していた九ちゃんがリカと理事長の秘書が車に乗り込む映像を発見したことから、こんな感じで昨日今日と理事長室に押し掛けてはリカの居場所を聞き出そうとしていた。



「アイツと連絡が取れないのは何故だ?」

「さあな。そそっかしいアイツのことだ、どこかにスマホを置き忘れてんじゃねぇのか?」

「……態とか?何のためだ?」

「無駄に神経使う必要はねぇからな」

「あ?」

「理事長、勝手なことをされては困ります。立夏くんは生徒会の一員で尚且つ今回の被害者なんです。立夏くんから詳しい話を聞かないことには僕達も対処の仕様がありません」

「リツは体調が優れない。そのため現在長期療養中だ、以上」

「長期!?いつまでリカのこと隠して置くつもりだよ!?」

「流石にそれは監禁でしょう」

「監禁?保護者が子供の安全を確保して何が悪い?」

「僕達では役不足だと?」

「現にお前達は何も出来なかったじゃねぇか。白樺を助けたのも、恐極達を倒したのも、全てリツだから出来たことだ。端っからお前達なんかに期待してねぇよ」



グッと、押し黙る。



何も言えなかった。
理事長の言葉はあまりにも的確で、自分の不甲斐なさを改めて痛感させられた。



(何も出来なかった、か…)



あの日のことは今でも鮮明に覚えている。
鼻を掠める血の臭いと、頭を垂れるように地面に転がる残骸、そして血溜まりの中に佇むリカの姿。
その光景を見た瞬間、まるで牙を剥く獰猛な獣を連想させた。
近付けないと思った。
一歩でも近付いたら、安易に手を伸ばしたら躊躇なく食われると思ってしまった。
だって誰がどう見てもこの惨状を生み出したのはリカしかいなかったから。
リカが喧嘩出来るのは新歓の時にこの目で見たから知ってたけど、まさかこれほどとは思わなかった。
新歓で尊と勝負してた時とはまるで違う。いや、次元が違い過ぎる。
初めて感じた底知れない恐怖に一歩も動くことが出来なかった。
母親に捨てられた時とは違う、恐怖。
全身氷漬けにされたかのように手足が動かせなくて、暑くもないのに額から汗が垂れて、徐々に呼吸が苦しくなって、そのくせ全身に流れる血がドクドクと速さを増す、そんな感覚。
こんな感覚は初めてで、自分でもよく分からなくて、でもリカの左手に嵌められた手錠を見た瞬間また別の感情が湧いて来て、奴等への殺意と自分への怒りで身体が震えたのを覚えている。
俺も、ヨージと九ちゃんがいなかったら、今頃どうなっていたか分からない。


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