歪んだ月が愛しくて2
「……悪いが、八重樫組については何も知らん。畑違いだし、リツの口からそんな名前も聞いたことないからな」
「お前自身は一度も調べたことがないと?」
「ああ、ないな。さっきも言ったが組とは畑違いだし、仕事でも一緒になったことはない。それにあそこは堅気に手を出さないので有名だからリツが自分から首を突っ込まない限り一生縁のない連中だろうよ」
「おや、よく知っているじゃありませんか」
「噂程度はな」
んー……もしかしてこれって触れちゃいけない感じ?
確証はないけど、何となく俺の野生の勘が疼くんだよね。
これ以上踏み込んだらリカに嫌われるって。
急に不安に駆られて横目で尊を見ると、どうやら尊も俺と同じことを考えていたようだった。
それから尊は興味が失せたかのように「……そうか」とだけ言って、理事長がいる執務机から離れて来賓用のソファーに座って目を瞑ってしまった。
決して寝ているわけじゃないこのスタイルは「この件に関してはこれ以上踏み込まない」の合図。
だからこれ以上八重樫組に関して追及することは出来ない。
王様の許しがない限り一歩たりとも踏み込んではいけないのだから。
「僕からも一つ宜しいですか?」
「何だ?」
「今回、村雨日瀧が再び僕達の前に現れたことで思い出したんです。奴が立夏くんを階段から突き落とした時、奴が立夏くんのことを“親殺しの死神”と言っていたことを」
「、」
「あの時はただの戯言だと思って気に留めていませんでしたが、貴方が“化け物”の単語にやけに反応したところを見ると、村雨日瀧のあの言葉には何かしらの根拠があったのではないかと思いまして」
そう言えばそんなことも言ってた気がする。
俺も九ちゃんと一緒でリカが無事だったことに安心しちゃって村雨のその後とか全く気にしてなかったからあの言葉の意味も深くは考えていなかった。
でも“化け物”の単語に過剰に反応した理事長が、リカを“親殺しの死神”呼ばわりされて黙っているはずがない。
現にあの時、村雨の身柄は理事長の監視下にあった。一時的に解放されたとは言え、当時どんな調教を受けたことやら…。
まあ、今は“B2”のキツ〜い拷問の真っ最中だろうけど。
「理事長、それは貴方の話せる範囲内に入っていますか?」
「………」
理事長は知っている。
そして、きっとその意味も理解している。
しかし、その問いに理事長が答えることはなかった。
何故なら次の瞬間、バンッと音を立てて突如理事長室のドアが開いたからだ。
何事かと思いドアの方を見ると、そこには紺色のスーツを着た20代くらいの黒髪の青年とカナちんが立っていた。
2人は失礼しますの一言もなしにズカズカと理事長室に入って来るや、一直線に理事長の元へと向かう。
「チ、チサ!?何でお前がここに…っ」
2人の登場に明らかな動揺を見せる、理事長。
そんな理事長にチサと呼ばれる黒髪の青年は、理事長の問いに答えることなく強引に理事長の胸倉を掴み上げ、爽やかな笑みを浮かべながら自身の顔を近付けた。
「どう言うことか説明してくれるよね?」
「もう逃さねぇぞ」
2人の剣幕に何かを察した理事長は「お、落ち着け、話せば分かる」と威圧されていた。
そこにはいつも尊と張り合ってる時の傲岸不遜な理事長はいなくて、道に迷った子供のようにチラチラとこちらに向かって助けを求めているように見えた。
可哀想とか、助けてあげたいとか、不思議とそんな気持ちが一切湧いて来ないのは普段の行いのせいだと思う。
「文月くん人の話聞いてる?僕はきちんとした説明を求めてるんだよ。誰が助けを求めていいって言ったの?」
「文月、兄貴が大人しくしてるうちにとっとと吐いちまえよ」
………ん?
あ、にき…?
「ま、待って、カナちんの兄貴ってことは…」
「もしかして…、貴方が立夏くんのお兄さんですか?」
リカの名前にピクッと反応したチサさんは、理事長の胸倉を掴んだままゆっくりと振り返った。
「……君達、リツのことを知ってるの?」
これは所謂「棚ぼた」って奴だろうか。