歪んだ月が愛しくて2
「けっこん、って…、あ、あの結婚のことか…?」
「うん、その結婚で合ってるよ」
兄ちゃんの発言に衝撃が走る。
あの文月さんですら目を点にして驚いていたくらいだ。
覇王4人の表情はバラバラだったが、今その話をここでするかみたいな顔が多かった。
「とは言っても、まだ返事はしてないんだけどね」
「返事ってことは、お前…」
「ははっ、プロポーズされちゃった」
珍しく無邪気に微笑む兄ちゃんはとても幸せそうに見えた。
でも反対に俺の右手に重ねられた手が小刻みに震えていた。
「それって逆プロポーズってこと!?スゲーじゃん!」
「中々大胆なお相手じゃん」
「勇気がある女性なんですね」
「………」
「で、どう返事するつもりなんだ?」
「僕は…、受けようと思ってるよ」
遠慮がちに口を開く兄ちゃんの表情が一瞬曇る。
それが何を意味しているのか、この時の俺には分からなかった。
でも文月さんや覇王の顔を盗み見れば、彼等はその意味を理解しているように思えた。
「リツと文月くんが賛成してくれるならだけど」
「カナは?」
「カナには前話した時に“好きにすれば”って言われてるから」
「カナちんって素っ気ないね」
「照れてるんじゃね?」
「んなわけあるかっ!?」
「まあ、別に俺様は反対する気はないが…」
チラッと、文月さんの視線を感じる。
お前はどうなんだよ、みたいな視線を送って来た。
「リツ?」
兄ちゃんが俺の名前を呼ぶ。
いつもなら嬉しかったり苦しかったり喜怒哀楽の感情が生まれるはずなのに、どうしてかな。
「………もし俺が結婚しないでって言ったら、どうするの?」
「、」
挑発的な目を向けると、兄ちゃんの目が微かに揺らいだ。
そんな俺達を不安げな眼差しで見つめる複数の視線。
でも今は兄ちゃんから視線を逸らさない。逸らしてはいけない。
ここで兄ちゃんから逃げてしまえばきっとこの先楽だけど、でもきっと前に進むことは出来ないと思うから。
あの家を出た時に決意したことは今でも忘れていない。
だからもう少しだけ、その瞳に俺だけを映していて。
困らせてやりたい…、なんてこんな気持ちは初めてかもしれない。
兄ちゃんに対する好意を自覚した日から今までずっと逃げていた。
公平の家で世話になっていた時も、文月さんに連れ戻された時も、俺は兄ちゃんがいる家に帰りたくなくて自分の中で言い訳してはこの感情と正面から向き合うことからずっと逃げていた。
「……なーんてね」
でも、今なら出来るかもしれない。
「冗談だよ冗談。本気にしないでよ」
「リ、ツ…?」
「いいと思うよ。兄ちゃんももういい歳だし、そろそろ落ち着いた方がいいんじゃない?」
逃げてばかりじゃなく、本当の意味で。
「前にも言ったけど、兄ちゃんの幸せは俺にとっても幸せなことだから、俺とカナを幸せにしたかったらまずは兄ちゃんがお手本になって幸せになってくれなきゃ困るんだよ。そうしないと俺達いつまで経っても幸せになれないじゃん。そうなったらどう責任取ってくれんの?」
「リツ…」
「だから兄ちゃんは安心して結婚してよ」
この感情と、訣別することが。
「もう俺達に遠慮しないでね」
「………」
何度も何度も俺の名前を呼ぶ兄ちゃんの目には薄らと涙が滲んでいた。