歪んだ月が愛しくて2



月日は確実に同じ速度、同じ足並みで流れている。
それはこの地球上にいるありとあらゆる生物、皆平等に。

兄ちゃんへの想いを自覚してから数年。
俺の感情もあの頃から確実に変化していた。
兄ちゃんへの想いを自覚するのは苦しかった。
でも言い方を変えればそれしか考えなくて良かったから楽でもあった。
余計なことを考えなくて済むのは気が楽で、公平達と出会ってからは兄ちゃんのことさえ考えなくなっていた。



そして、今は―――…。



「おめでとうございます」



九澄先輩の声に弾かれたように顔を上げた。



「おめでとうチサさん!結婚式は俺も呼んでね!」

「良かったねおにーちゃん。早いとこ彼女に返事してあげなよ、女は待たせると煩ぇから」

「式の段取りが決まったら教えろよ。俺様が素晴らしいスピーチを用意してやるからよ」

「ハッ、自分で言ってたら世話ねぇな」



俺も、言わなきゃ。

おめでとう、って言わなきゃいけないのに。



「リツ…」



漸くカナが声を出した。
ああ、カナが怯えていたのはそう言うことだったのか。
気を遣わせてしまったのは申し訳なく思うが、その心配は杞憂なんだけどな。



「祝福してあげよう、兄ちゃんの結婚」

「……ああ」



カナの手を握り返して安心させる。
きっとカナが望んでいるのは俺の吹っ切れた笑顔のはず。
だから笑った。カナが顔を赤くさせるくらい全力で。



でも、言えなかった。



祝福してあげたいのに。

本当に兄ちゃんの幸せを心から望んでいるのに。



「………」



そんな俺に注がれるいくつもの視線に気付かずに、俺はただただ笑うことしか出来なかった。



「なあ、チサの女ってどんな奴なんだよ?」

「あ、それ俺も聞きたーい。名前は?性格は?」

「バーカ。それを聞くならまずは好きな部位…ぐはっ!!」

「テメーは黙ってろ」

「では無難に知り合った経緯とかはどうでしょうか?」



質問攻めに遭う兄ちゃんは少し照れ臭そうだった。
俺はそんな兄ちゃんの隣でカナと手を繋ぎながらボーッとしていた。



「え、えっと…、名前は大道寺瞳さん。年は僕と同い年の23歳で、性格は比較的大人しいかな。彼女と出会ったきっかけは今勤めてる会社の社長から紹介されたんだ」

「それってお見合いってこと?」

「そんな仰々しいものじゃないよ」

「ん?待てよ、確かお前の会社って…」

「大道寺カンパニーだよ」

「ああ、大道寺と言えば最近業績を伸ばしてるあの…」

「よく知ってるね。君達の家と比べたら大分小さな会社のはずなのに」

「だからですよ。最近の経済情勢を把握していなければこの世界では通用しませんから」

「勉強になるな」

「ねぇ、同じ大道寺ってことはチサさんの彼女は大道寺の関係者ってこと?」

「トップから紹介されたってことは社長令嬢ってところだろう」

「うん、彼女は社長の1人娘なんだ。だからもし結婚となれば僕は婿養子となり大道寺に入ることになると思う」

「え、そうなの?」

「面倒臭いね、金持ちって」

「お前が言うな」


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