歪んだ月が愛しくて2



「―――立夏くん」

「はい?」



ここは学生棟内の食堂。
中2階の所謂生徒会専用スペース、通称“Little Eden”において覇王4人といつもより遅い夕食を摂っていた。
一通り食べ終わった頃、タイミングを見計らったかのように九澄先輩が体育祭の話を切り出した。



「体育祭のことですが…、立夏くんが無事で本当に良かったです。怪我の方も徐々に治って来ていると聞いて安心しました。それと恐極のことは誰かから聞いていますか?」

「“B2”で対処したって哀さんが教えてくれましたけど」

「その通りです。僕達の方では恐極に加担した三橋初の一家にそれ相応の罰を与えました」



やっぱり三橋もそれなりの金持ちだったのか。

どうでもいいけど。



俺は生徒会に入って学んだことがある。
以前は覇王親衛隊として俺に接触して来た白樺と月に何かしらの処分を下すことに否定的だったが、責任ある立場でもない俺が何でもかんでも否定してはいけないと言うことを九澄先輩に教えてもらった。
九澄先輩からしたらそんな教えを解いたつもりはないんだろうけど、学園の創設者の孫で生徒会副会長の九澄先輩だからこそ下さなければいけない罰があり、それに関する反感も全て背負う覚悟を持ったその強さに気付かされたのだ。
俺が自分を守るために否定していたものは九澄先輩にとって反乱分子を増加させる行為だってことに。
だから何事も見極めが大切なんだと思う。
今回で言えば学園の運営に関わる覇王が三橋家に何かしらの罰を与えるのは当然のことだった。絶対不可侵である学園内に部外者の侵入を手助けしたのだから相当重い処分が下ったのだろう。



また、悲しい決断をさせてしまった…。



「立夏くん、これは悲しい決断ではありませんよ」

「え?」



すると九澄先輩はまるでエスパーのように俺が考えていたことを見事に言い当てた。
そして淡々とした口調で言葉を続けた。



「僕は恐極を始めとする今回の件に加担した全ての人間に怒っています。ですから彼等への制裁に手を抜くつもりは一切ありません。これは生徒会副会長と言う立場からではなく仲間を傷付けられた僕個人の恨みです。言いましたよね、僕にとって仲間とは守るべき存在だと。その僕が君を傷付けられて黙ってると思いますか?勿論、他の3人もそれぞれ腑が煮え繰り返ってると思いますけどね」



その言葉に他の3人を視界に捉えると、彼等はニィッと笑みを深める者もいれば、バツが悪そうに俺から視線を逸らす者もいた。



「立夏くんは人一倍優しい子ですから自分のことよりも僕を気遣ってくれたんでしょうけど、僕としてはこう言う時くらい自分のことを一番に考えてくれると嬉しいです。今度は僕にも立夏くんを守らせて下さいね」





『俺、護るから』





あの時の、覚えたんだ…。

守って欲しいから言ったわけじゃないんだけどな。



「立夏くん」

「えっ、あー……よろしく、お願いします…」

「はい」



でも、それだけ心配掛けたってことなのかな。

やっぱり何も言わずに学園を出て行ったのはマズかったのかも。



「あの、それより白樺は…」

「彼も立夏くん同様今回の被害者ですからね。彼には詳しい事情を聞いただけで後は自分の部屋で待機してもらっています」

「そうですか…。アイツのこと、気遣ってくれてありがとうございました」

「当然ですよ。立夏くんが身を挺してまで守ろうとした子ですからね」

「そんなんじゃないですよ。ただ嫌なものとか見せたくないものとか見せちゃったからトラウマにならなきゃいいんですけど…」

「それは診察してみないことには分かりませんが、白樺くんは立夏くんにとても感謝していましたよ」

「感謝?」

「ええ。それにとても心配していました。立夏くんの怪我のことやお茶に入っていた薬のことなど、こちらが聴取しているのに逆に質問攻めにされたくらいですよ。でもそれだけ立夏くんのことを心配しているのだと分かりました。だから安心して下さい。今回のことで白樺くんを責めるつもりはありませんから」

「……それは、ありがとうございます」

「ただ白樺くんの話の裏を取りたいので後日時間を下さいね」

「はい。お手数をお掛けしてすいません」

「とんでもない。立夏くんが無事で何よりです。それに…、今回のことは恐極の侵入に気付けなかった僕達の責任でもありますから…」



表情を曇らせたのは九澄先輩だけではなかった。
前回前々回に引き続き厄介事を持ち込んでいるのは俺の方なのに、九澄先輩も他の3人も自分達の責任だと勘違いしていた。



「違いますよ」

「え?」

「月の狙いは俺だったんです。だから侵入を許した責任も、それを対処するもの俺なんです。九澄先輩の…、覇王の責任じゃない」

「それは違うよ!何でリカだけが…っ」

「違くないよ。俺も生徒会の一員なんだから責任を負うのは当たり前だし、あのくらい本当は1人で対処しなきゃいけなかったんだ。それを出来もせずに格好付けて1人でやろうとしたから白樺まで巻き込んで“B2”にも迷惑を掛けた」

「リ、カ…」

「りっちゃん…」

「だから、ごめんなさい。本当に謝んなきゃいけないのは俺なんです。俺だけなんです」

「立夏くん…」

「もう勝手なことはしません。今度からは何かあったらちゃんと皆に相談して動くようにします」

「………」



頭を下げて表情を隠す。
皆の顔を見たまま話していたらボロが出そうだった。
「もう勝手なことはしない」なんてよく平気な顔して嘘が吐けるよ。本当自分でも感心するわ。
だって本当は余計な追及を避けるために早く話を終わらせようとしてるだけなんだから。
バレずに嘘を吐くのも才能なんだろうなきっと。
彼等に嘘を吐くことに罪悪感を抱かないのかと言われればそれもまた嘘になるが、こんな俺を仲間と認めてくれた彼等だからこそ「嫌われたくない」と言う気持ちが前面に出てしまうのだ。
きっとこれからも100パーセントの本心で彼等と向き合うことは出来ないだろう。
俺の正体を知れば彼等の態度は間違いなく変わってしまう。
あんな場面を見せられて、それでもまだ普通に会話している今が不思議なくらいだ。
この中で唯一俺の正体に気付いている会長もあれには言葉を失っていたくらいだから、きっと皆に知られてしまえば俺はもう…。



「ご馳走様です。すいませんが疲れたので先に部屋に戻らせてもらいます」

「リカ」



すると席を立った直後、急に未空に呼び止められた。





「お帰りリカ、ずっと待ってたよ」

「、」





ああ、俺は―――…。





「お帰り、りっちゃん」

「お帰りなさい、立夏くん」

「帰って来るのが遅ぇんだよ」





今、覚悟が決まった。



俺はこの優しい空気が好きだ。

彼等が俺を受け入れてくれるような、そんな空気が心地良くて堪らない。

だからこの笑顔だけは、この空気だけは何が何でも絶対に守りたい。

何れ俺の存在がそんな彼等の笑顔をぶち壊してしまうなら、俺は喜んで彼等の前から姿を消すだろう。



今はっきりとそれを自覚した。

自覚した途端、正体が知られることに対しての恐怖心が遠のいて行く。

踏み込まれる覚悟も、それに伴う代償も、何ともない。

でも決して投げやりになったわけではない。

ただ彼等の笑顔をぶち壊してまでこの場所に縋るべきではないと悟ったのだ。



大切にしたいだけ。

ただそれだけなんだ。



だから、その時が来るまで、どうか彼等の傍にいさせて欲しい。



彼等が俺を仲間と認めてくれる限り、俺も諦めたくない。





「っ、……ただいま!!」





諦められない。



例えそれで翼が焼かれたとしても、太陽のような彼等の存在を求めずにはいられないから。


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