歪んだ月が愛しくて2
俺が去った後の“Little Eden”ではこんな会話が繰り広げられていた。
「………リカ、あんまり気にしてなさそうだったね」
「ああ、いつも通りだったな」
「寧ろいつも以上に淡々としていたように見えましたが」
「ねぇ、あれって失恋って言うんだよね?」
「世間一般ではそう言いますね」
「ま、初恋は実らないってよく言うしな」
「えっ、初恋って実らないの!?」
「確率の話だっつーの」
「ですが立夏くんより弟くんの方が取り乱していたのは意外でしたね」
「うん。凄いリカに気を遣ってたのにリカ本人はケロッとしてたもんね。何か…お好きにどうぞみたいな?結婚したきゃ好きにすればみたいな?」
「だな。案外すんなりと受け入れてたって言うか、他人事みたいだったって言うか…。てか、オメーもさっきから黙ってないで何とか言えよ」
「……バカか」
「あ?誰も暴言は求めてねぇよ」
「みーこ、ヨージがバカなのは皆知ってるけどさ、リカのことで何か気になることでもあるの?」
「オメーだけには言われたくねぇんだよ、この大バカ猿!」
「きっこえなーい」
「尊、貴方は何が気になっているのですか?」
「それが逆に不自然だろうが」
「不自然?」
「お前な、もっと分かり易く説明しろよな。毎回解読してるこっちの身にもなれっての」
ガタッ。
「おや、どちらに?」
「煩ぇから部屋に戻る」
「……追ったな」
「追いましたね」
「抜け駆けはみーこの得意技だから…」
◆◆◆◆◆
「立夏」
部屋の前に着いた時、背後から会長に呼び止められた。
「……会長?どうしたの?」
何か用でもあるのだろうか。
伝え忘れたことなら電話で事足りるのに。
「……身体は、どうだ?」
「身体?怪我ならもう治りましたよ。向こうにいる間に医者に診てもらってちゃんとお墨付きも…「そっちじゃねぇよ」
そっちじゃない?
あれ、他に何かあったっけ?
「薬の影響で、辛かっただろう…」
「っ!?」
その言葉に無意識に頬が熱くなる。
一瞬で思い出してしまった光景を払拭するため、手足をバタつかせて顔が見えないように俯いた。
「あ、あー……あれねっ。もう大丈夫なんで気にしないで」
「………」
会長の目が見れない。
あの日のことが後ろめたくて、その話題をずっと避けていたのに。
食堂にいた時は普通に話が出来るようになったと思っていたが、どうやらそれは俺の勘違いだったらしい。
会長とのことは一先ず置いといて目先の問題を一つずつ潰していこうと思っていた矢先、先制パンチを食らうことになるとは思ってもみなかった。
………仕方ない。
ここは逃げるが勝ち作戦を使わせてもらおう。
「用はそれだけ?だったらもう今日は疲れたから…」
「立夏」
名前を呼ばれたと同時に腕を掴まれ引き寄せられた。
その反動で俺の身体は会長の方に傾き、会長も俺の顔に自分の顔を近付けた。
キスされる、と反射的に思った。
「、」
でも屋上で抱き合う会長と茶髪の女性の姿が脳裏に過った瞬間、頭の中で警鐘が鳴った。
「り、か…?」
ドンッと、思わず会長の胸を押して距離を取る。
「……わ、すれて」
「あ?」
こんなことはダメだ。
こんなことをするべき相手は俺ではない。
「この前の…、体育祭の日のことは全部忘れて」
俺は、会長の恋人でも何でもない。
ただの後輩で、仲間。
「俺も、忘れるから」
目を合わせることが出来なくて、会長がどんな顔をして俺の話を聞いていたのか分からないことをいいことに、俺は自分の言いたいことだけ言って自室に逃げ込んだ。
「……ふざけんな」
ああ、消えない。
あの人のシルエットが瞼の裏から消えてくれない。