歪んだ月が愛しくて2
「ここまで来れば大丈夫か…」
「で、でも、どうして中庭に…?」
中庭には綺麗に整えられた季節ごとの花が咲き誇る。
中には背の高い木や花も植えられていて、死角になっている場所も所々あった。
「別に中庭に用があったわけじゃないけど、あの場にはいたくなかったからさ。白樺だってあの空気じゃいくら生徒会室でもいたくないだろう?」
「それはそうだけど…。でも勝手に出て来ちゃって大丈夫なのか?尊様、凄く怒ってたけど…」
「ああ、あれね。理由は知らないけど何か最近ずっと不機嫌なんだよね。本当、当たり散らされてるこっちの身にもなって欲しいよ」
「そ、そうだったんだ…」
「そうそう。だから会長が言ってたことは気にしなくていいから」
どうせただの八つ当たりなんだから気にするだけ時間の無駄だ。
チラッと、中庭の中央に聳え立つ5階建ての建物に目をやる。
いくら腹が立ったとは言え、話の途中で勝手に飛び出して来てしまったことについては非を認めざるを得ない。
追って来るだろうか。もう少しで午後の授業が始まるから未空辺りが追い掛けて来るかもしれない。
誰が来ようと誰も来なかろうとどちらでもいいが、後ろめたさからここを選んだことを考慮してお咎めも小言もなしの方向に持っていけないだろうかと淡い期待を抱いていた。
「……でも、尊様の言い分は最もだよ。僕がちゃんと確認していたら藤岡を危険な目に合わせなくて済んだのに…」
「それはどうかな」
「え?」
「俺はそう思わないけど。だって例え白樺が入館証を確認しようとしてもああだこうだ言って切り抜けようとするだろうし、逆に自分が疑われていると勘付いて妙な行動を起こしていたかもしれない。そうなったら危なかったのは白樺の方だ。だからタラレバの話をしたって意味ないんだよ。会長が言っていたように過ぎてしまったものはどう足掻いても変えられないんだから」
「、」
白樺が下唇を噛む。
無意識なのか、少し血が滲んでいた。
「君は、いつも人のことばっかだな…」
「違うよ。あれが一番被害が少なくて済む方法だっただけ」
白樺には自分自身を責めて欲しくなかった。
あの結果は俺の選択が招いたことで、白樺は俺に巻き込まれた被害者でしかない。
それを白樺のせいと責める声に一番押し潰されていたのは俺自身だった。
自分の選択に後悔はしてない。
ただ一つ、白樺を巻き込んでしまったこと以外は。
「優しいな、藤岡は…」
その言葉に目を瞠る。
自分にとって一番縁のない言葉に違和感しかなかった。
「俺はやさ…「まあ、君はそんなことないって言うだろうけど。でも今僕のこと考えてたでしょう?」
グッと、距離を縮められ思わず言葉に詰まった。
「それが優しいって言うんだよ」
ざわ、と。
風が吹く度に草花が鳴く。
外界から隔離されたようなこの庭はまるで異世界のようだった。
「でも藤岡の優しさは自分自身の犠牲の上で成り立ってるものだと思う。だから藤岡は簡単に自分のことを切り捨てようとするんだよ」
「犠牲なんて思ってないけど」
「藤岡はね。でも近くで見てる僕達にとってはそう見えちゃうんだよ。まるで本当に死に急いでるみたいに…」
「………」
ざわりと、心が波を立てる。
俺を真っ直ぐに見つめる白樺の瞳がとても切なくて、寂しそうで。
「僕は取り返しのつかないことをして君を危険に晒してしまった。本当にごめん。いくら謝ったところで僕の罪は消えないし、消しちゃいけないことだと思う。君が言うように過ぎてしまったことは元には戻らないけど、でも自分が仕出かしてしまったことの責任はちゃんと取るから。だから…っ」
苦しそうだった。
そんな顔をさせてしまったのが俺だと思うと、余計に。
それなのに、どうして―――。
「ありがとう」
ああ、やっぱり白樺は強いな。