歪んだ月が愛しくて2



「じゃあ僕がセフレだったことは?」

「……聞いたことはある」

「だよね。まあその通りだよ。僕だけじゃなくて陽嗣様の親衛隊はほぼ全員が関係を持っていたと思うよ。覇王様の中で唯一僕達みたいな凡人を相手してくれてたのは陽嗣様だけだったから…、だから勘違いしていたんだよ」

「勘違い?」

「他の人がどう思ってたのかは分からないけど、少なくとも僕は陽嗣様が相手にしてくれるのは親衛隊のメンバーだからだと思ってた。だから親衛隊に入隊して頑張ってリーダーにまでなった。その間にも僕は色々なことをして来たよ。卑怯な手を使ってライバルを減らそうとしたり、抜け駆けしようとする奴を密かに追い詰めたり。そうやって漸くリーダーにまで上り詰めて、数多くいるセフレの中でも僕の呼ばれる頻度は突出していたと思う。これで漸く陽嗣様に僕の存在を認識してもらえる、もしかしたら僕のこと好きになってもらえるかもしれないって本気で思ってたんだ」

「うん…」

「でも、その考え自体が間違ってた。どんなに近くで言葉を交わしても、何度身体を重ねても陽嗣様の中に僕の存在はなかった。それどころか名前すら覚えてもらえなくて…っ。滑稽だろう。自分でも惨めだってことは分かってた…。でも、それでもあの方の近くにいたかったんだ。今は無理でもいつかきっと僕のことを選んでくれると本気でそう思ってたから…、君が現れるまではね」

「………」

「分かるよね?僕は君に嫉妬してたの。覇王親衛隊でもない君が陽嗣様と普通に言葉を交わし、当然のように我が物顔であの輪の中に溶け込んでいることがどうしても許せなかったんだよ。僕はこんなにも努力してるのに、どうしてぽっと出の転入生なんかに僕の居場所を奪われなきゃいけないのって。そう思うと悔しくて、でも悔しいって自覚すればするほど自分がどれほど惨めな奴か思い知らされて、もうどうしたらいいか分からなかったんだ。だからあんなことをした…。少しでも気が晴れるかと思ったけど、尊様に助けてもらえる君が余計に腹立たしく感じたよ。その次に月さんの退学事件があって僕は益々君のことが嫌いになった。覇王様から可愛がられている君が自分にとって邪魔な人間を消すためにあることないこと吹き込んで退学に追いやってると思ってたからね。まあ、それは僕の勘違いだったんだけど」



白樺は罰が悪そうに「ごめんね…」と小さく謝罪した。



「君の認識を改めることになったのは西川くんが人質にされたあの事件がきっかけだった。君は口が悪いから色々と誤解される要素を持ってるけど、西川くんのことを助けたいって気持ちは十分伝わって来たし、実際に自分が人質になってまで西川くんを助けてくれた。殆どの生徒がパニックになってる中で君は冷静に周りの状況を把握して九條院様達に指示まで出して…、純粋に凄いって思ったよ。その上、僕のことまで助けてくれた。正直、僕が思っていた藤岡立夏じゃなくてびっくりしたよ。そして九條院様から月さんが退学になった本当の理由を教えてもらって凄く後悔した」

「アイツ、余計なことを…」

「九條院様は悪くないんだ。僕が本当のことを知りたいってお願いしたから…、君のことを誤解したままでいたくないって言って教えてもらったんだよ。本当のことを教えてもらってああやっぱり目の前にいる藤岡が本当の藤岡なんだって分かって、それと同時に今まで僕がやって来たことは間違いだって思い知らされた。だから、どうしても君に謝りたくて体育祭の日に月さんと…。月さんも君に謝りたいって言っていたから僕と同じ気持ちだと思ったんだ。でも、それがあんなことになるなんて…っ」



膝に置いた手を力強く握る、白樺。
よく見ると強く握り過ぎた手が色を無くしていた。
それだけで白樺の言葉が本心だと言うことが分かる。
そんな白樺に俺が言えることは何もない。
でも何も言わなければきっと白樺は自分がしたことを一生悔やんで生きていくことになるだろう。
俺からしてみれば白樺は被害者だから処分なんてしたくないし、するつもりもなかった。
でも白樺が自分のしたことを一生後悔して生きていくのであれば、ある意味罰せられた方がいいのかもしれない。



「このままじゃダメだと思ったよ。君を危険な目に合わせてしまった僕が陽嗣様の親衛隊にいる資格はない。僕は犯してしまった罪をちゃんと償わなきゃいけないって。だから決めたんだ、この想いをぶつけてちゃんとお別れしようって」

「ぶつけて、って…」

「告白したよ、親衛隊を辞めるって言いに行った時にね」

「………」

「勿論、結果は惨敗。それは言う前から分かってたことだから返事は求めてなかったんだけど。正直、僕は伝えられるだけでいいと思ってたから…。ただの自己満足って奴だよ。でもそうしないといつまでも吹っ切れない気がしたんだ…」

「……後悔、してない?」

「それが全然してないんだよ。寧ろ嬉しかった、僕の気持ちをちゃんと正面から聞いてくれたことが。受け入れてもらえなくてもいい。ただ僕のことをほんの少しでも覚えていて欲しかっただけだから」

「やっぱり強いな、お前は」



俺には、そんな勇気はないよ…。


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