歪んだ月が愛しくて2



「罪深いね、りっちゃんは」



その声に振り返ると、陽嗣先輩が高い木に背中を預けて立っていた。



「よ、陽嗣様っ!?」



陽嗣先輩の突然の登場に驚きを露わにする白樺はベンチから立ち上がって頭を下げた。



「ああ、いいってそう言う堅苦しいの。それに君はもう親衛隊じゃないんだから」

「は、はい…」

「………」



陽嗣先輩の言葉に白樺は無意識に左胸を押さえた。
その姿を見たらこっちまで胸が痛くなって来て、見ていられなくなった。
ああ、結局白樺の想いは陽嗣先輩に届いていないんだなって思ったら無性にムカついた。
結局恋愛なんて片方が好きでも、もう片方にその気がなければ成立しない不公平なゲーム。
仕方ないと思えばそれまでだし、諦めたくなければ必死で食らい付けばいい。ゲームの攻略法は人によってそれぞれ違う。
俺は端っから諦めた側の人間だから兄ちゃんが誰かと付き合おうと結婚しようと応援したふりを続けられた。
でも白樺は違う。陽嗣先輩のことがずっと好きで、どんなに汚いことをしてでも手に入れたくて、諦めたくなくて、最後には自分から身を引いた。
それを「もう親衛隊じゃないんだから」って簡単に切り捨てて…、初めて陽嗣先輩に本気でムカついた。



初めから切り捨てるつもりなら期待させるなよ。

遊びと割り切ってるなら相手を選べよ。

自分に本気の奴に手出してんじゃねぇよ、とか言いたいことは山ほどある。



「りっちゃん迎えに来たぜ。さっきに増して王様がカンカンだから早いとこ戻って機嫌直してやってよ」

「み、尊様がっ!?大変だよ、早く帰った方が…」



でも、どう考えても罪深いのは陽嗣先輩の方だ。



だから、思わず言ってしまった。



「白樺は、俺がもらいます」

「、」



ベンチに浅く座ったまま白樺の手を引き寄せると、陽嗣先輩の顔からいつもの緩い笑顔が消えた。
白樺もポカンとした表情で口を開けたまま呆然と俺を見つめていた。



「……貰うって、何?りっちゃんってそう言う子がタイプだったの?」

「ゲスい話してんじゃねぇよ。アンタがそんな態度ならこれ以上話すことは何もない」

「お、おいおい…、久々に怒ってんじゃん。何がそんなに気に入らねぇのよ?」

「盗み聞きしてたなら分かりますよね、俺が何を言いたいのか」

「、」



グッと、言葉を飲み込む陽嗣先輩。
その様子からして気付かれていないと思っていたようだが甘いんだよ。



「白樺、行こう」

「あ…」



俺はベンチから腰を上げて白樺の手を引いたまま歩き出そうとした時、後ろから陽嗣先輩に腕を掴まれた。



「何ですか?」

「……ちょっと話させてくれる、白樺と」



チラッと、白樺に目配せすると固い表情で頷いた。
白樺の手を離すと、白樺は自分から陽嗣先輩の前に立った。



「何でしょうか、陽嗣様」



緊張した面立ち。
でもそれを悟られないように堂々と振る舞う姿は卑怯者のレッテルを貼られた白樺真冬ではなかった。
反対に陽嗣先輩の方はそんな白樺の姿に顔を背けて正面から向き合えないでいた。
いつもの緩い仮面が外れたのは意外だったが、俺は2人の邪魔をしないように少し離れたベンチに座って事の成り行きを傍観することにした。



「あー……その、別にりっちゃんに言われたからってわけじゃねぇんだけどよ…」



何前置き入れてんだよ。

男のくせに女々しいな。

これが白樺の好きだった陽嗣先輩かよ。



「今まで、悪かったな…」

「……いいえ。陽嗣様は何も悪くありません。僕が勝手に期待してみっともなく縋っていただけです。僕の方こそご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした」

「……本当に、辞めるのか?」

「はい。僕はもう覇王親衛隊ではありません。ですが叶うことなら、これからも陽嗣様をお慕いすることを許して頂けないでしょうか?」

「は?」

「やはり、ダメでしょうか…?」

「いや、それは別に構わねぇけど…、お前はそれでいいのかよ?」

「はい」

「はいって…、それじゃあお前には何の得にもなんねぇじゃん」

「なりますよ。人を好きになることは、それが一方通行の想いだとしても悪いことだけじゃありませんから」

「………」

「それに覇王親衛隊を辞めたからって、そう簡単に陽嗣様のことを忘れることは出来ませんよ」

「お前…」



ああ、やっぱり白樺は俺なんかよりもずっと強い奴だよ。

自分の想いと訣別せずに想い続けることを決断するなんて俺には出来ない。



「あのよ…、前に言ってた“傍にいる資格がない”ってあれ。あれは撤回しろよ」

「撤回、ですか…?」

「親衛隊の中でお前以上に俺を好いてくれた奴はいなかったからな」

「っ、……あ、ありがとうございます!僕、陽嗣様のことを好きになって良かったです!陽嗣様のことは死んでも忘れませんっ!」

「いや、それは怖ぇから…」


< 494 / 651 >

この作品をシェア

pagetop