歪んだ月が愛しくて2
「話は付いたみたいだな」
「うん…。藤岡、本当にありがとう…」
「俺は何もしてないよ」
「藤岡…、僕、ちゃんとケジメを付けるから。だからそれまで待ってて欲しい」
「お、おう…?」
「約束だよ!絶対待っててよね!」
そう言い残して白樺は颯爽と中庭を去って行った。
「約束って…、俺は何を待ってれば言いわけ…?」
ポツンと中庭に取り残された、俺と陽嗣先輩。
……何これ。スゲー気まずいんだけど。
早いとこどっか行ってくれないかな、この人。
「……なあ、りっちゃん」
「はい?」
「次の授業が始まるまで、ちょっと話さねぇ?」
「………」
俺は陽嗣先輩の後に続いて中庭を歩いていた。
あのままさっきのベンチに座っていても良かったんだが、俺と陽嗣先輩の間に流れる微妙な空気を払拭するためにもあの場を離れることにした。
「さっき俺がいたの気付いてたって言ってたけど、もしかしてそれで嗾けた?」
「嗾けたつもりはなかったんですけど、結果的にそうなっちゃいましたね」
「いやぁ、参ったよ。まさか白樺のことでりっちゃんがこれほどまでにキレるとは思わなかったわ。てか、りっちゃんに説教されたのってこれで二度目じゃん」
「そうでしたっけ?」
「忘れたとは言わせねぇよ」
へらへらと、いつもの緩い仮面に戻った。
彼が本心を隠す時の合図。
「白樺のことは悪かったよ。りっちゃんに面倒掛けるつもりはなかったんだけどよ、白樺の優しさに甘えて面倒なことから目を背けてたんだわ」
「でしょうね」
目を背けるのは簡単だ。誰にだって出来る。
でも立ち向かうことは非常に困難で、一度挫折して流れに身を任せてしまえば楽の味を覚えてしまう。そこから軌道修正することは立ち向かうことより難しいかもしれない。
陽嗣先輩の場合は正しくそれで、一度覚えたソレから抜け出そうとせずにいつまで経ってもぬるま湯に浸っていたんだろう。
仮面の下に本性を隠したまま。
「りっちゃんさ、マジで白樺のこともらう気?」
「さっきそう言いましたよね」
「いや、それ…、他の奴には言わない方がいいかもね、うん」
「何でですか?」
「何でもです(それが尊の耳に入ったら俺が殺されるわ…)」
「まあ、それはどうでもいいんですけど、陽嗣先輩の話って何ですか?」
陽嗣先輩が話したいことは何となく分かる。
いや、もうあれしかない。
「……単刀直入に言うけどさ、りっちゃんって何者?」
だって、この人だけが俺を仲間と認めていないから。
「文月さんに聞いたんですよね。それが全てですよ」
「ああ、聞いたぜ。りっちゃんの育ての母親があの伝説の“女帝”で、子供の頃からみっちり扱かれてたってな」
まあ、母さんが伝説の何ちゃらってのは俺も初耳だったけど。
「でも、やっぱ納得出来ねぇんだわ。本職相手に圧勝しちまう脅威的な強さも、どうして誰よりも早く鼠の存在に気付いたのかも、タイミング良く恐極組を壊滅させた八重樫組のことも、ちゃーんと本人の口から説明してくんねぇとさ」
くつくつ、と喉の奥で笑う彼。
冷たくて怪しい、隠したい本性を暴こうとする瞳。
会長や九澄先輩とはまた違う美しさで、妖艶に色香を振り撒く。
「説明も何も…、喧嘩が出来るのはさっき言った通りですよ。強いかどうかは自分では分かりません」
「またまた、謙遜しちゃって」
「してません。鼠のことも何となくそんな気配がしたから近くにいたアゲハと頼稀に相談しただけですよ」
「本当かな…。てか、俺達じゃなくて“B2”に相談したことは結構根に持ってるからね」
マジか。
そこは盲点だったわ。
「で、八重樫のことは?」
「偶然でしょう。俺組とは関係ありませんよ」
「そいつは興味深い偶然だな」
ざわりと、心が波打つ。
きっと陽嗣先輩は俺がどんな言葉を並べようと、始めから俺の言葉を信じるつもりはないのだろう。
突いて突いて粗を探して、何か疑問に思うことがあればクロ。
何も見つかれなくてもグレー。
この人の中では俺と言う存在がシロになることは決してない。
だったら、こんなバカらしいことは時間の無駄だ。
「……ねぇ、俺は何を疑われてるわけ?」
ふと陽嗣先輩の表情から笑みが消える。
瞬間、ヒヤリとしたものが背筋を走った。
「俺はよ、素性の分からない人間を手元に置くほど寛容じゃねぇんだわ」
「………」
偶に思う。
陽嗣先輩の髪は赤なのに、本性はまるで氷のように冷たい人だと。
誰よりも緩いくせに、誰よりも硬い氷を張って壁を作っている。
「言えよ。お前は誰だ?何のために聖学に来た?」
静かな怒りに満ちた、重低音。
これが仮面の下の本性。