歪んだ月が愛しくて2



「飴と鞭の使い方が上手いのかと思えば飴しかやんねぇ奴もいて、しかもそれを無意識に出来ちゃうところが怖いって言うか…。本当油断ならねぇよりっちゃんは」



りっちゃんの秘密を暴こうとすれするほど、底なし沼に嵌まっていくような感覚に陥る。
本来秘密と言うのはそう言うものかもしれないが、りっちゃんの場合は一つ一つが衝撃的で、奇想天外で、知りたいと思う欲求に際限がない。
驚異的な強さも、あの禍々しい殺気も、時折見せる冷たいオーラも、過去にどんな経験をしたらあんなにも自分を蔑ろに出来るのかも、知りたいことは言い出したらキリがない。
そのくせ無自覚に人を誑し込む才能の持ち主で、俺以外の覇王を始め“B2”や親衛隊の白樺やGDであるはずのアイツまでもがりっちゃんの存在を無視出来なくなっていた。
そして何より強いくせに弱々しく見える、そのアンバランスさが妙に心をざわつかせる。
俺がやっていることは本当に正しいのか、俺がりっちゃんの秘密を暴くことで何か大切なものを失うんじゃないのか、と時折そんな不安がチラつく。

迷いがあるなら手を引けばいい。
今まで通り知らないふりをしてオトモダチごっこを続ければいい。
だが今ここでりっちゃんから手を引けば敵味方の判断をしないまま有耶無耶な関係が続いてしまう。
何も知らないことは何も考えていないのと同じで楽でいいが、こんな時まで楽を求めるほど俺は腑抜けちゃいない。
尊がりっちゃんの秘密を有耶無耶にするなら、俺は真実を白日の元に曝け出すまでだ。



尊にも、未空にも、九澄にだって、もうこれ以上悲しい決断をさせたくないから…。



だから俺がりっちゃんを見極めなくてはならない。



敵か、味方か。

有害か、無害か。



有刺鉄線並みのバリケードを踏み越えられるなら、血を流すことさえ厭わない。





「……認めてくれなくてもいいです」

「ん?」

「俺のこと、信用してくれなくても構いません」

「………」

「ただ、これだけは約束します。俺は陽嗣先輩の大切なものを傷付けることは絶対にしません」





人が、信じられなかった。
俺の中で、それは今も変わらない。
今だってりっちゃんの言葉を心から信用するかと問われれば、答えは否だ。
世界はどこまでも残酷で薄情だからある程度の覚悟をしておかなければ生きていけない。
正確には生きてはいけるが、傷付くのはいつだって自分なんだ。
俺がりっちゃんを仲間と認めないのは……いや、認めたくないのは俺自身が傷を作ることに臆病になっているからだった。
大層な理由を並べてみたが、結局は自分のためにりっちゃんを受け入れないように線引きしているだけ。



りっちゃんの存在は確実に俺達を変えた。
良くも悪くも、俺達4人の絆は根深く強い。
そこに5本目の糸がしなやかに絡み始めているのに気付いても誰も異を唱えなかった。
それこそが全てを物語っていた。
りっちゃんの存在は俺達にとってなくてはならないものだと。





『深入りしろとは言いません。ただ立夏くんには何かを変える力がある。僕にはそう思えてならないんです』





今なら分かる。

九澄が何を期待していたのか。





『踏み込むよ』





焦げるような衝動が、突き上げる。



凛と真っ直ぐなグレーの瞳が、俺の世界を抉じ開けようとする。



きっと、これを待っていた。

九澄も、未空も、尊も、そして―――俺も。

仲間と呼べる彼等しかいなかった俺の世界に、違う色が侵食していく。

軽い気持ちで始めたおもちゃ遊びが、とんでもないものを見つけてしまった。



でも不思議と嫌じゃなかった。

彼に踏み込まれるのを心のどこかで待っている自分がいた。





彼は、きっと幻滅しない。

俺の心が空っぽでも、つまらなくても。

そんな俺でも見捨てずに、息が出来るところまで連れて行ってくれると、本気でそう思った。





―――ああ、そうか。





彼は、他人を見捨てられない。

少しでも関係を持ってしまったら最後、自分から切り捨てることなんて出来ない。

だったらそこに漬け込んで逃げ道を塞いでしまえばいい。





自分の卑怯な考えに自嘲気味にほくそ笑む。





「それだけは覚えて置いて下さい」





本当、嫌いになれたらどんなに楽か…。

九澄の興味を引いてやまない彼を心底嫌いになれたら、こんな感情は生まれて来なかっただろうに。





それでも、まだ認めるわけにはいかない。

信じて、信じ抜いて、また絶望を味わいたくない。





蘇る、絶望感。

もう昔のことなのに古傷が疼く。



(らしくねぇな…)



過去の傷を隠したまま、彼はこんな俺を受け入れてくれるだろうか。





「……期待してるよん」





仮面の下の本性。

それは過去の傷にビビって仮面を剥がせずにいる、ただの臆病者だった。















(踏み込めないのは、俺の方…)


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