歪んだ月が愛しくて2



「……白樺さんを、助けて下さったそうですね」

「え?」



唐突にそんなことを言われて思わず聞き返すと、桂木先輩は今日一番の笑顔を見せた。



うっ、わ…。



忘れてたけど、この人って顔は美人なんだよな。
「美しい」って言葉がピッタリの笑顔に思わず息を飲んだ。
初対面の印象が強過ぎて見過ごしていたが、改めて認識するとこの人がクイーンに選ばれた理由がよく分かる。



「詳しいことは聞いていませんから安心して下さい。……ただ、廊下の隅で泣き噦る白樺さんを見つけて、見ていられなくて自室に招いて理由を尋ねたんです。そうしたら―――」





『ぼ、僕を、僕を助けるために、藤岡が…っ!!藤岡はいつも僕のことを助けてくれたのに、僕は…、僕は…っ!!』





「白樺が、そんなことを…」

「貴方に申し訳ないと言う気持ちと、感謝の言葉を延々と繰り返していましたよ」

「………」

「貴方達の間に何があったのかは存じませんが、白樺さんの様子を見ていれば事の重大性は容易に想像出来ます。そんな状況の中、貴方は白樺さんを助けるために奮闘してくれたのでしょう。私からもお礼を言わせて下さい。白樺さんを助けて下さって本当にありがとうございました」



そう言って深々と頭を下げる、桂木先輩。
そんな桂木先輩に続いて後ろに立っている我妻先輩までもが同じように頭を下げた。



「……やめて下さい。そんな大層なことしたわけじゃありませんから」



感謝の言葉は既に本人から貰っている。
それに本当は白樺を危険な目に合わせたことを非難されるならまだしも、感謝される覚えなどないのだから…。
まあ、あえて口には出さないけどさ。
否定したところで理由を聞かれるのは目に見えてるし、実際箝口令が敷かれているあの話題を当事者の俺が掘り下げるわけにはいかないからな。



それにしても桂木先輩が俺に頭を下げたのはこれで二度目だが、あの時より言葉に重みを感じるのはそれがこの人の本心だからだろう。
口では白樺や月のことを切り捨ててたけど、何だかんだ言って結構面倒見が良い人なのかもしれない。



「やはり貴方は不思議な人ですね」

「遠回しに変人って言ってます?」

「とんでもない。ただ私のような平凡な人間には藤岡さんの飛び抜けた思考を理解するのは難しいようです」

「やっぱ貶してんじゃん…」

「ふふっ」



いや、それ全然誤魔化せてないからね。



頬を緩ませて柔らかい笑みを浮かべる桂木先輩は、初対面の時とは打って変わって全体的に柔らかい雰囲気を纏っていた。
所々深読みしようとして来るけど、それでも前回に比べれば可愛いものだ。

てか、俺何でこんなところで暢気に駄弁ってんだろう。
弟子入り希望のGD'sから逃げてたことすっかり忘れてた。
早いところどっかに避難しないと見つかったら元も子もない。



そんな俺の行手を、桂木先輩の質問が阻んだ。



「……ねぇ、藤岡さん。以前私に言ったことを覚えていますか?」

「いいえ、全く」

「ふふっ、思い出す気がないようですね。貴方は前回私に、尊様にとっての自分はただの後輩だと言っていましたが…」

「……それが?」

「逆に伺いたいのですが、君にとって尊様はどのような存在ですか?」



何を言い出すかと思えば薮から棒にも程がある。



俺にとって会長がどんな存在かって?



そんなの…、





『お前が誰であろうと、喧嘩が強かろうと関係ない』



『それがお前なんだろう』





キュッと、口元を固く結ぶ。



喉まで出掛けた言葉を飲み込んでから、一度だけゆっくりと瞬きをする。





(俺にとっての会長、か…)





『立夏は、俺等の仲間だ』



『偶には弱音吐いたって、我儘言ったっていい。泣きたい時には泣けばいいんだ。幻滅なんかしねぇよ』



『これだけは誰にも譲るつもりはねぇよ』





………そんなの、決まってる。



出会った時から何一つ変わらない。



俺にとっての会長はいつだってそうだった。





「―――別に、ただの先輩ですよ」





そう言い切った自分の口がやけに重かった。





「……そうですか」





桂木先輩は俺の言葉を聞いても一切表情を変えなかった。
俺もそれ以上何と言えばいいのか分からず、眉尻を下げて桂木先輩を見つめることしか出来なかった。


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