歪んだ月が愛しくて2
昔の女
「……誰、ですか?」
陽嗣先輩の身体を押し退けて前に出る。
当然、俺の姿は保健室にいる彼等の目前に晒される。
すると会長は俺と目が合った瞬間、焦ったように彼女の身体を軽く突き飛ばして椅子から立ち上がり距離を取った。
そんな会長に文句一つ言うことなく妖艶に微笑む、彼女。
ギュッと、拳を握る。
「私は葉桜小牧。前任の丸山先生に代わって今日から私がここの保健医になったの。マキちゃんって呼んでね」
「……何で、俺の名前を知ってるんですか?」
「そりゃ、ね」
含みのある言い方に眉を顰める。
彼女は会長から離れてゆっくりと近付いて来る。
「貴方のことなら何でも知ってるわ」
色素の薄い長い髪がふわりと揺れる。
「だって、あたしは尊の昔の女だから」
「、」
ツンと、彼女の人差し指が俺の左胸を刺す。
瞬時に分かった。
会長が屋上で会っていたのは、この人だと。
何も言えなかった。
彼女の言葉をただ受け入れることしか出来なかった。
そんな俺に対して葉桜小牧と名乗った彼女はとても綺麗に微笑んだ。
胸に巣食う虚しさに似た感情に、キュッと唇を噛む。
不安定な気持ちを呼吸と共に飲み込んでしまえば足に力が入らないような気がした。
(俺は、ショックを受けているのか…?)
ショックを受ける必要なんてないのに。
こんな感情は知らないと、自分の中にある理解出来ない想いに目を瞑り、奮い立たせるように口を動かした。
その時。
「―――ふざけんな」
その声が、俺の思考を遮った。
「誰が誰の“昔の女”だ?適当なこと抜かしてんじゃねぇぞ」
「あら?強ち間違ってないと思うけど」
「紛らわしい言い方すんなって言ってんだよ」
「うふふ、つい彼の反応が気になっちゃってね。ごめんなさい」
遊ばれているのか…。
いや、それよりも2人を包む空気が気に入らなかった。
一刻も早くこの場から逃げ出してしまいたい衝動に駆られるのに、足が地面に縫い付けられたみたいに動いてくれなかった。