歪んだ月が愛しくて2
「まさか立夏くんに見つかってしまうとは思いませんでしたね」
そう言って苦笑する、九澄先輩。
隣では陽嗣先輩の同意の声が聞こえる。
それは俺にこの状況を見られたくなかったと言うことだろうか。
そう言えば最初に保健室に入ろうとした時も陽嗣先輩は俺を見た瞬間酷く焦っていたことを思い出した。
つまり陽嗣先輩と九澄先輩が俺に見られたくないものは彼女、若しくは会長と彼女の密会現場と言うことになる。
ただ残念なことに後者の場合は既に手遅れだ。
会長と彼女の密会現場を目撃したのはこれで二度目だし、前者の場合も時間の問題だったと思う。
いくら保健室が嫌いでも聖学にいる限り絶対に行かないと言う保証はどこにもないのだから。
「さて、見つかってしまったからには仕方ありませんね。まずは今後の対策を考えましょう。尊、いつまで落ち込んでいるつもりですか?貴女もいつまでフリを続けているつもりですか?今この場にあの子はいないんですよ」
「でも立夏くんはいるじゃない」
「立夏くんまで欺くつもりですか?流石にそれはうちの王様も黙ってないと思いますが」
「欺いてなんてないわ。あたしは事実を言ったまでよ」
「それが紛らわしいと言っているんですよ」
いつもよりも口調のキツい九澄先輩に、彼女は動じることなく平然と言い返す。
あの“大魔王”と恐れられる九澄先輩と互角に渡り合える彼女は一体何者なんだろうか。
そもそもこの面子でこんな場所にいるくらいだから彼等は元々顔見知りなんだろう。
会長の元カノなら覇王と面識があるっても可笑しくはないけど…。
「そんなに警戒しないで」
彼女は会長から離れて再び俺の元までやって来た。
「貴方はあたしにとっても大切な人なの。だから貴方を害することは決してしないわ」
「………」
聞き分けのない子供に言い聞かせるような物言い。
素か、それとも態とか。
どちらにせよ、俺は彼女のことがよく分からなかった。
初対面の相手に大切な人発言される意味も分からないし、その上彼女は会長の恋人…。
“昔の女”と言っていたが、隠れて会っていたことからして2人の関係はまだ終わっていないのだろう。
そんな彼女が俺に構う理由は何だ。
面白いから?
会長を困らせたいから?
それとも―――。
「だって、貴方は――― 」
「、」
彼女は俺の耳元でそっと囁く。
ガクンと、全身の力が抜ける感覚。
揺れる。
脳が、身体が、心が。
ずっと気付かないふりをして来たものが脆くも崩れる。
ドク、ドクと。
心臓が嫌な音を立てる。
(……やめろ)
気付くな。
気付いちゃダメだ。
「あら?不満そうな顔ね」
ダメなのに。
まだ気付いちゃいけないのに。
「だったら、もう少し欲張ってみたらどうかしら?」
「、」
彼女の甘い声が、俺の脳を麻痺させる。
何か言わなきゃいけないのに喉が渇いて声が出せない。
嫌なノイズが、耳の奥で不愉快な音を上げる。
煩い。
やめろ。
咄嗟に耳を塞いでも、脳に直接響く不愉快な音が消えてくれない。
「貴方には、その資格があるわ」
漠然とした不安が襲う。
飲み込まれそうで怖い。
核心に近付けば近付くほど、ジリジリと胸が締め付けられる。
空気さえ喉を通ってくれないようで、指先が息苦しさで微かに踠いている。
そんな俺の手を、誰かが掬い上げてくれた。
「―――いい加減にしろ」