歪んだ月が愛しくて2



グイッと、会長の大きな手が俺の肩を抱いて引き寄せる。



「テメーがどう言う理由で戻って来たのかは知らねぇが、コイツを巻き込むことは許さない」



会長と目が合った瞬間、まるで時間が止まったかのような感覚になる。

思考も、身体も、ピタッと止まって動けない。



ギュッと、俺の肩を抱く手の力が強くて眉を顰める。



「大丈夫か?」



怒ったように、不安げに。



俺の些細な変化も見逃さないように、会長の漆黒の瞳が真っ直ぐに見つめている。



「……う、ん」



咄嗟に目を逸らした。

いつもなら何とも思わない距離が、息も出来ないほど近くに感じる。



でも、今顔を上げたらいけない。

会長の“大丈夫”が俺の不安を和らげ涙腺を刺激する。



(俺は、どうしたらいい?)



悲しかったことも、ムカついたことも、もうどうでも良くなって胸が締め付けられるように痛かった。

近い、離れろと、突っぱねることなんて出来ない。

胸の苦しみは酷くなる一方だった。



「巻き込むね…。それを貴方が言うわけ?」

「あ?」

「彼の今後は貴方次第だってことよ」

「……どう言う意味だ?」

「そろそろ腹括りなさい。“神代”は貴方の選択を待っているわ、あたしも含めてね」

「………」



俺には理解出来ない会話の内容に面白くないと思ってしまう。



(ああ、もう隠せないのかな…)



「まあ、まだ猶予はあるけど早いに越したことはないわ。それに貴方が守ってあげなきゃいけないのは彼だけじゃないしね」

「……それを分かってて何故ここに来た?」

「仕事なんだから仕方ないでしょう、あたしに文句言わないでよね。それにあたしだって自覚してるから貴方達をここに呼んであげたのよ」

「あげたって…、マキちゃんは相変わらずだな」

「褒めても何も出ないわよ」

「褒めてませんよ」

「君も相変わらずあたしのことが嫌いみたいね、御幸の坊ちゃんとは大違い」

「貴女を好きになれる要素がどこにもありませんからね。それにどんな理由があれ未空にとってマイナスな存在をそう簡単に受け入れられるはずないでしょう」





………え?





「でもあたしは貴方のそう言うところが好きよ」

「迷惑です」



耳を疑った。

自分にとって近しい人の名前が上がったことも理由の一つだが、“未空にとってマイナスな存在”と言うフレーズが妙に引っ掛かった。



「ねぇ、それって…」



だって、それではまるで…、





『んー…嫌いってわけじゃないよ。でもあんまり接して来なかった人種だから苦手ではあるかも』





違うよね?

ただの偶然だよね?





『それを簡単に鵜呑みに出来るほど俺は無知じゃないんでね』





だって、もし偶然じゃなかったら、未空にとって彼女の存在は…、





刹那、ガラッと保健室のドアが開いた。





「ここからリカの匂いがすると思ったら…、やっぱり!リカ発見!」





彼の姿を視界に捉えた瞬間、動けなくなった。

会長達も唖然とした様子でただただ彼を見つめることしか出来なかった。



何も知らず無邪気な顔で保健室に一歩足を踏み入れる、彼。



そんな彼の後ろから現れたのはいつものメンバーだった。



「匂いって…、お前は犬か?」



頼稀



「凄いね、未空くんの立夏くんセンサーって」







「食べ物と立夏のことには敏感だもんな」







「良かった、立夏くんここにいたんだ!捜してたんだよ!」







「立夏くんのことに敏感な人間はここにもいるけどね」



遊馬



「え…、ええぇっ!?み、尊様が何でこちらにいらっしゃるんですか!?」



みっちゃん





しかし彼等が保健室に足を踏み入れることはなかった。

何故ならそんな彼等の先頭に立つ人物の足が保健室のドアを潜った途端、ピタッと止まったからだ。





「な、んで…」





ああ、何でこのタイミングで来るんだよ。

どうして俺は保健室なんて来ちゃったんだよ。





空色の瞳が大きく見開かれる。



唖然とする表情から次第に色が失われていく。



ぶらんと垂れ下がる両手が微かに震えていた。















「―――み、く…」





そこには酷く怯えた様子の未空が呆然と立ち竦んでいた。


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