歪んだ月が愛しくて2



「ねぇ、話は終わった?」



くるりと、椅子が回る。



女は自分の髪を指に絡めながらスラリとした細い足を組んで俺達の様子を窺っていた。
ボディーラインを強調するような服を身に纏い、お世辞にも教師には見えないこの女が後任の保健医だと言うことは分かっていた。確か名前は葉桜小牧だったか。



「話には聞いてたけど、まさかあの子まで彼にご執心とはね…。立場的にも貴方じゃなくてあの子に宛てがった方が都合がいいんじゃない?そうすれば貴方の手中にあるのも同然だしね」

「……お前、何故ここに潜り込んだ?」

「決まってるじゃない。その方が何かと都合が良かったからよ」

「でもよマキちゃん、それはルール違反じゃねぇの?何のために尊から離れてお袋さん達について行ったのよ?」

「あたしのルールは“神代”よ。今回あたしが派遣されたことに関して貴方達にとやかく言われる筋合いはないわ。だってこれは“神代”の決定なんですから」



(“神代”の決定、ね…)



その言葉に逆らえる者がこの日本に何人いるか。
それを盾にすると言うことはこの女は神代の人間、若しくは神代に仕える人間と言うことになる。



念のために調べて置くか…。



「貴女の存在が未空を苦しめることになったとしても、貴女はそれでも尊の傍を離れませんか?」

「それが命令ならね」

「どっちだ?あの2人のどっちに命令された?」

「それはあたしの口からは言えないわ。そんなに気になるならお2人に聞いてみたらいいじゃない。……それに何か勘違いしているようだけど、別にあたしは未空坊ちゃんにこれっぽっちも興味ないわよ。貴方達がヘマしなければ一生会うつもりはなかったんだから」

「ハッ、耳が痛いね。どこぞの忍と一緒で容赦ないんだから」

「忍?」



御幸陽嗣の言葉に反応した女が俺を視界に捉えた。



「ああ、もしかして貴方が風魔頼稀くん?」

「……何故、それを?」



名前を知られていたことに思わず反応しそうになったが、何とか平静を装って対応した。
すると女は思いもよらぬ言葉を口にした。



「少し調べさせてもらったの。貴方だけじゃなく貴方の周りにいるお友達も、その他諸々もね」

「、」

「うふふ、そんな顔しないで。あたしは別に貴方自身に興味があるわけじゃないの。勿論、貴方の大切なご主人様や彼女のことを傷付けるつもりもないわ」

「………何が狙いだ?」



にんまりと、女の口元が卑しく歪む。



「、」



その瞬間、風魔の血が騒いだ。

ドクンと、血管の中を虫が這うような気持ち悪い感覚。



この感覚には覚えがあった。

かつて一度だけ父親から聞かされた風魔の罪と立夏の真実、それを目の当たりにして実感した瞬間、奴等に対する嫌悪感と自分に対する罪悪感と共にやって来たそれによく似ていた。



「そうね…、じゃあこれだけは教えてあげる」



女が口を開く。



ざわ、ざわと。

胸騒ぎがいつまでも続いている。



その胸騒ぎの正体に、俺は心当たりがあった。
もしこの女が神代の関係者で神代に仕える者ならアイツの存在を無視するはずがない。
いや、神代会長の執着ぶりを見たら無視することは出来ないはずだ。
だからアイツに近い俺やアゲハさん達のことまで調べてアイツの過去を探ろうとしている。



だとしたら、この女の狙いは―――。



「あたしがあの方々から離れて日本に派遣された目的は二つあるわ。一つは尊の護衛に当たること。そしてもう一つは尊の“お気に入りの彼”がどう言う人間なのかを調査し、本当に“神代”に相応しい人材かをこの目で確かめるためよ」



その胸騒ぎの正体は、そう遠くない未来にやって来る。



そう確信を持たせるのに時間は掛からなかった。















「だから言ったじゃない、―――後悔するって」


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