歪んだ月が愛しくて2



視線が痛い。

先程から一向に口を開かない会長は言葉ではなく視線で何かを訴えて来る。



……目を、合わせたくないな。

でもいつまでも逸らしていたら埒が明かない。



チラッと、顔を上げると。



「立夏…」



会長の目が大きく見開かれたと思いきや、すぐにぐしゃりと歪んだ。



……何、それ。


そんな顔、何で…、



どうして、会長がそんな顔するんだよ。



悔しそうで泣きそうな表情を隠そうともせず、切ない声で俺の名前を呼ぶ会長は一瞬の隙を見て俺をその腕の中に閉じ込めた。



「っ、ちょ、何っ!?」

「………」



ぎゅうと、全身が軋むくらい強い力で抱き締められる。
その様子があまりにも普段と違い過ぎて、抵抗しようとした身体から力が抜けていく。
俺の肩に顔を埋めるように、それでいて縋るように抱き締めて来る会長に「………会長?」と小さく声を掛けた。



「ねぇ、どうしたの?」

「………」



こんなの、会長らしくない。



会長には言ってやりたいことが山ほどあった。
未空より彼女を優先したこと、何で彼女が俺のことを知ってるのか、何で今まで機嫌悪かったのか、何で彼女がいるくせにあんなことしたのかとか、言い出したらキリがないけど兎に角一言でいいから文句言ってやりたかったのに、会長のこんな姿を見せられたら何も言えなくなってしまった。
今まで心の中に渦巻いていた不快感よりも、目の前にいる会長が気になって仕方なかった。
どうしたものかと思いつつ、会長の背中に腕を回してポンポンと宥める。



「立夏」

「ん?」

「……悪かった」



え?


何が?



そう問い掛けようとして会長の表情を見るために密着している身体を離そうとしたが、会長は一向に力を緩めてくれない。それどころか腕の力が更に強まった。



「未空のことも、小牧のことも、何も伝えずに巻き込んで悪かった」



会長が彼女の名前を口にした瞬間、モヤモヤしたものが胸に掬う。
苛立ちにも似た不快な感情が喉まで競り上がって来るような気がして、グッと喉に力を入れた。



「……あの人のことはともかく、未空のことで会長が俺に謝ることはないよ。謝るくらいなら未空とちゃんと話をして」

「ああ…」



会長の腕の力が弱まる。

でもさっきみたいに逃げようとは思わなかった。



「それと小牧に何吹き込まれたか知らないが、アイツは俺の女じゃない」



その言葉に耳を疑った。

咄嗟に会長の腕の中から顔を上げた。



「え、でも、あの人が…」

「アイツが“昔の女”と言ったのはそう言う意味じゃない。あれはアイツが面白おかしく風聴しているだけに過ぎない」

「………」



何のために、と思った。

彼女が嘘を真実と語ることに何のメリットがあるのだろうか。



………分からない。



分からないけど、牽制されたことには変わりない。



彼女のことを考えると不思議と冷静になれる自分がいた。



……いや、違うな。

冷静になれる、じゃない。

必死で冷静であろうとしているだけだった。



「……彼女のことはどうでもいいです。あの人が会長の彼女でもそうじゃないにしても俺には関係ないことですから」

「………」



途端、会長の表情に影が落ちる。



(そんな顔される覚えはないけど…)



そこにはいつもの傲岸不遜で無愛想な面影はなく、どこか寂しげで苦しそうな表情を浮かべる会長がいた。



胸が、妙にざわつく。



正直、戸惑っていた。

普段とはまるで別人のような会長に、何故か頭ごなしに拒絶することが出来なかった。



「………」

「………」



就寝時間を過ぎているせいか、しんと静まり返る3階の廊下。

この静寂が肌に突き刺さって痛い。



すると、グイッと俺の身体が後方に傾いた。



「もういいでしょう。これ以上ここで議論してても無意味ですよ、何せ当事者がいないんですからね」



頼稀によって首根っこを掴まれた俺は会長の腕の中から脱出することに成功した。少々強引だったが。



「風魔…」

「睨まないでもらえます?そんなにイチャ付きたかったらこの問題を解決してからにして下さいよ」

「………」



いや、何で無言?

そもそも別にイチャ付いてないから。



「そうですね、風魔くんの言う通りです。まずはあの女のことを何とかしましょう」

「何とかって…、何する気だよ?」

「一先ず僕達に出来ることは未空とあの女を接触させないことです。根本的な問題は尊がどうにかするでしょう。あの女でも尊の命令には従うはずですからね」

「……ああ」

「未空の場合はそれこそ本人次第になってしまいますが…」

「だな…」

「それともう一つの方も、忘れないで下さいね」

「………」



覇王3人が今後について協議する中、俺は初めてGDに喧嘩売られた時のことを思い出していた。





『その様子だと、あの噂は本当みたいだな』



『気にすんな。ありゃ一種の病気だ』





「あれが、病気だったんだな…」

「……ああ」





ねぇ、未空。



俺には一体何が出来る?



未空の笑顔を絶やさないために、俺はどうすればいいの?





『……理由、聞かないの?』





もう、あんな作り笑いは見たくない。



させたくない。





「俺は、どうすればいいんだろう…」

「………」


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