歪んだ月が愛しくて2
「汐?」
俺に触れる直前、遊馬の手を掴んだのは汐だった。
みっちゃんから解放された汐は遊馬の手を掴んだまま反対の手で俺の首に触れた。
「何って…」
遊馬も汐も、さっきから俺の首を気にしてるけど何?どうしたの?
何か変なものついてんなら取って欲しいんだけど。
「―――これ、キスマークだよね?」
………は?
キスマーク?
「え、何言ってんの?そんなわけ…」
「本当に身に覚えないの?それとも寝てる間に付けられた?」
「寝てる、あいだって…」
カァッと、顔から火が出そうなくらい一気に顔が熱くなった。
その羞恥心を誤魔化すように汐の前から一歩後退して自分の手で指摘された箇所を隠した。
何て恥ずかしいものをぶら下げて皆の前に立っていたんだ俺は。
誰が付けたか知らないが、何てことをしてくれたんだこの野郎。悪ふざけにも程があるだろうが。
いや、汐の言うようにもし寝てる間に付けられたとしたら犯人はアイツしかいない。
寝てる時に感じた首の違和感はこれだったのか。
(クソ、やられた…)
「意外だね。立夏くんって眠り浅いタイプだと思ってたけど案外隙だらけなんだ」
「いや、いつもはそうなんだけど、何か今日は熟睡しちゃって…」
「っ、アイツが隣にいたのに!?」
「な、何か、疲れてたみたいで…」
「……そう言うところが無防備って言うんだよ」
あれ?
何か、汐怒ってる?
遊馬はいつも通り呆れたように笑ってるのに、汐の雰囲気がいつもと何だか違う。
そこにはいつもの犬みたいな無邪気な笑顔も喧しさもなく、苛立ちと悲しみの混ざった表情で俺を見つめていた。
「アイツ、よくも立夏くんに…っ」
「汐、落ち着けよ」
「そ、そうだよ、俺全然気にしてないから!どうせただの悪戯だと…」
「気にしてない?」
「え…、いや、気にしてないと言うか、その…っ」
言葉に詰まって俯くと、いつの間にか汐の顔面ドアップが目の前にあって驚いた。
こんなに近くから汐の顔を見たのは初めてで、改めて汐の顔がイケメンだと言うことを実感した。
汐は俺の首に手を伸ばし、首を押さえている俺の手の上に自分の手を重ねてグッと顔を近付けた。
「気にしてないなら、俺も、いい…?」
「っ!?」
いいわけない。あるわけがない。
誰が付き合ってもない相手にそんなことさせるか。
いくら友達だからってそこまでのスキンシップはしちゃダメだろう。
「いいよね?」
「ま…、」
そう言ってやろうと思ったのに、汐が俺の手を剥がして首に顔を近付けて来たと同時に反対の手で俺の口元を覆ったため反論することが出来なかった。
殊勝ぶって確認したくせに俺の答えを聞く前から口を塞ぐなんて確信犯としか言いようがない。
ここは腹に一発決めて分からせてやるしかないかと思った矢先、誰かの手が汐の顔面を覆って動きを封じたかと思えば、その瞬間俺の身体が後方に引き寄せられた。
「「―――いいわけねぇだろう」」
二つの声が重なった。
普段は滅多に聞くことのない怒声が俺の後方から聞こえて来た。
「なーに勝手なことしてくれちゃってんのかなぁ?折角俺が付けた痕が台無しになっちゃうじゃん」
「み、未空っ!?」
「おはようリカ。今日も朝から可愛いかったよ」
「いや、可愛いとかじゃなくて…」
背後から俺を抱き込む、未空。
暢気に朝の挨拶してるけど、これ全部未空のせいだからな。
責任持ってどうにかしろよ。
「未空っ!テメーよくも立夏くんにそんなもん付けてやがったな!」
「いいでしょう。羨ましいでしょう。リカが俺のものって言う証だよ」
「っ、立夏くんが寝てる隙に勝手に付けたくせに何が“俺のもの”だ!そんなもん羨ましいわけねぇだろうが!」
「ほお?じゃあお前がしようとしたことは勝手じゃないのか?ちゃんと立夏の了承を得た上でやろうとしたんだろうな?」
汐の顔面を覆う頼稀の手に力が入る。
「そ、それは…っ、でも未空だって同じじゃないですか!何で俺だけが責められなきゃいけないんですか!?」
「安心しろ。アイツにも後で同じのを食らわすから」
「アイアンクローを!?よっちゃんの鬼!!」
「お前がそれで呼ぶな」
「いだだぁあああっ!!よ、頼稀くん、それ俺の頭に力入ってるだけだから!!」
「頼稀くん、もっとやっちゃって下さい」
「分かった」
「鬼か遊馬ぁぁあああ!!!」
………何か、いつもの光景だな。
さっき汐の雰囲気が少し可笑しかったけど、それも今ではいつも通りの喧しさを取り戻していた。
未空と頼稀の登場で場の雰囲気が元に戻ったのは良かったが、何だったんだろうあれ?
「ちょっ、待って頼稀!マジで俺も……いだぁあああ!!頭割れるぅぅぅ!!」
「全ての元凶はお前だからな」
頼稀は宣言通り未空の頭にアイアンクローをお見舞いし、この騒動は一先ず収束した。
「あ、変態コンビが戻って来た」
「「誰が変態だ!?」」
―――はずが、希の一言で振り出しに戻ったのは言うまでもない。