歪んだ月が愛しくて2
「おはよう、立夏くん」
学生棟を出ると、何故か会長の元カノが目の前に現れた。
昨日の今日だけに会うのが気まずかった俺は彼女の姿を捉えた瞬間思わず足を止めてしまったが、何となくそれを悟られたくなくて無理に笑顔を作って挨拶を交わした。
「お、はようございます…」
うわっ、声裏返っちゃった。
これじゃあ警戒してるの丸分かりじゃん。
「うふふっ、そんなに警戒しなくても何もしないわよ」
あははっ、やっぱりバレてますよね。
「……何でアンタがここにいる?」
「あら、風魔くんも一緒にいたのね。おはよう。あたしがここにいたのは偶然……って言いたいところだけど、貴方に用があって待ってたのよ立夏くん」
「え、俺…?」
「そう。貴方と2人だけで話がしてみたかったの、尊のお気に入りの貴方とね」
「………」
初対面の時も思った。
ふわりと微笑む彼女は誰が見ても美しいはずなのに、何を考えているか分からない薄気味悪さを持ち合わせていた。
そんな彼女を警戒しない方がどうかしている。
「……俺には、話すことなんてありません」
「あら、やっぱり警戒しちゃった?ごめんなさいね、昨日はあたしもテンション上がっちゃってついあんなこと言っちゃったの。だってあの方達の寵愛を一身に受けるお姫様にやっと会えたんですもの」
「だったらそのお姫様と話してくればいいでしょう。それに俺はこれから出掛けるので無理です。急いでるので失礼します」
「待って」
「っ、」
彼女の横を通り過ぎた瞬間、背後から腕を掴まれそうになり思わず払い落としてしまった。
「す、いません…」
「……いいのよ。あたしの方こそ急に手を出してごめんなさいね」
「……いえ」
故意でないとは言え、申し訳なさが勝ってしまい彼女の目を見ることが出来なかった。
「タイミングが悪かったみたいね、今日は諦めるわ。でも貴方の都合が良い日でいいから一度話をさせて欲しいの。貴方にとっても決して悪い話じゃないわ。だからお願い」
「……分かりました」
渋々承諾すると、彼女は一瞬目を見開いて驚いたと思えば「ありがとう」と綺麗に微笑んだ。
彼女と別れた後、頼稀が言った。
「……いいのか?」
「いいも何も…、こっちは話したいことなんかねぇのにこれ以上粘られても迷惑なだけだろう。みっちゃんに遅いってドヤされるのがオチ」
「お前の心象は?」
「何考えてるか分からない人、だな。よく言うじゃん、綺麗な花には棘があるって」
「……気を付けろ。あの女、何かあるぞ」
「勘?」
「経験論」
「似たようなもんじゃん。あの人のこと調べて何か出て来たの?」
「いや…」
「いや?それって何も出て来なかったってこと?」
「ああ。だから気を付けろって言ってんだ。あの女はただの女じゃない。俺が調べて何も出て来なかったのがその証拠だ」
「つまり、あの人の後ろには“風魔”以上の力を持つ者がいるってわけか…」
若しくは彼女自身が…。
「―――難儀な子ね…」
彼女は、思う。
気安く触れられることを拒むくせに、押しに弱いところは難点だと。
でもそんなところが彼等の庇護欲を掻き立てているのかもしれない。
「あんまり無防備だと、お姉さん心配になっちゃうじゃない」
彼の生い立ちは一切知らされていない。
尋ねても「自分の目で確かめて来なさい」とはぐらかされてしまったため、簡単な経歴以外は何も把握していなかった。
でもそれは反対に“何かある”と言っているのと同じことだった。
ならばこの目で確かめて来いと言われたからにはとことん追求してみよう。
彼等が寵愛するお姫様を。
主人の唯一無二になるかもしれない、彼のことを。
「また壊しちゃっても悪く思わないでね」