歪んだ月が愛しくて2



黒の半袖にジーパン、黒のキャップ、更に念には念を入れてマスクを装備し集合場所に向かうと、正門の前に黒塗りのリムジンが横付けされていた。



「遅い。チンタラ歩いてんじゃないよ」



……やっぱり言われた。



リムジンの前で仁王立ちする女王様と、その横に立つ運転手と思われるサングラスを掛けたスーツの男性。
どう見ても運転手って感じじゃない。



「あー…ごめん待たせちゃって。他の皆は?」

「君達と仙堂以外はもう車に乗ってるよ」

「え、未空はまだ来てないの?」

「仙堂はさっき連絡があって、何かゴタ付いててまだ動けそうにないみたいだから現地で落ち合うことにしたよ」

「そっか…」



ゴタ付いてるって、間違いなく昨日のあれが原因だよな。



(未空、大丈夫かな…)



「ほら、さっさと乗って。こんなところで貴重な時間を無駄にしたくないんだけど」

「うん…」



運転手のグラサンスーツが後部座席のドアを開けてくれたのでみっちゃんに続いて乗り込む。
俺は汐と頼稀に挟まれて座り、向かいには遊馬・葵・希・みっちゃんの順で座っていた。



「あ、やっと来た!遅かったから心配してたんだよ」

「そうだ、そうだ。2人してどこで道草食ってたんだよ?」

「あー…実は寮の前で葉桜先生に捕まっちゃって…」

「え、葉桜って昨日の?」

「うん。でも大したことじゃないから大丈夫だよ。それより皆の私服姿初めて見たかも。皆オシャレなんだね」

「そう言う君の格好は何?葬式にでも行くつもり?」

「立夏くん、それは…」

「あー…俺あんま服持ってなくて…。それに黒なら無難かなと思って」

「上下黒だけならまだしも帽子とマスクにいつもの眼鏡って…、探偵にでもなったつもり?」

「浮気調査か〜(笑)?」

「誰のだよ」

「顔が隠れちゃってるのが勿体ないけど、立夏くんは何着ても格好良いから大丈夫だよ。黒似合うね」

「ははっ、ありがとう」



汐と遊馬から不安げな視線を注がれながら、葵のお世辞に苦笑して早々にこの話題を終わらせようとした。
するとみっちゃんは後ろを振り返り「東都の白羊区まで行って」とタイミング良く運転手に指示を出した。



「畏まりました」



みっちゃんの合図で車が発車する。
俺はグラサン運転手をチラチラと視界に入れながらずっと疑問に思っていたことをみっちゃんに尋ねた。



「みっちゃん、あの人は…」

「僕の運転手兼ボディーガードだけど」



通りでパッと見厳ついわけだ。

最初、そっち系の人間かと思ったわ。



「やっぱりみっちゃんって金持ちなんだね…」

「まあ、否定はしないよ。うちはこう見えても表御三家の甲斐谷と親戚関係にあるし、それなりに会社も大きいからね」

「表御三家ってことはメチャクチャ金持ちじゃん!え、嘘、みっちゃんってそんな金持ちだったの!?」

「当たり前でしょう。僕を誰だと思ってんの?」

「え、誰って、C組の女お…「それ以上言ったら削ぎ落とすから」

「ゆ、優秀な学級委員長様ですっ!!」



汐の身体を引っ張ってバリケードを作る。
これ以上余計なことを言ったらマジで削ぎ落とされかねない。



「てか、邦光の家も凄いけど、立夏だってあの理事長と親戚なんでしょう。俺達庶民からしたら十分凄いと思うけど」

「そうだよ。鏡ノ院家と言えば“裏の支配者”って言われてるくらい結構発言力がある由緒正しい家柄だし、表御三家も無視出来ないほどの存在って聞いたことがあるよ」

「……そうなの?」



俺は一番近くにいた汐に尋ねると、何故か汐は顔を真っ赤にして早口で答えた。



「そ、そうだねっ。世間一般の評価はそんな感じかも…」



皆が口を揃えてそう言うなら嘘ではないんだろうが、まさか鏡ノ院がそれほどまでの力を持っていたのは予想外だった。
“裏の支配者”で、表御三家も無視出来ない存在か…。
だから文月さんはああも会長に敵意剥き出しの態度でいられるわけね、納得。
ただの成金野郎だと思ってたから大して調べたことはなかったが、世間一般の評価と俺の認識があまりにもかけ離れていると言うことは、鏡ノ院にはまだ俺の知らない何かがあるのかもしれない。
本心では最も関わりたくない存在ではあるが、敵の内情を把握して置くことに損はないだろう。
近いうちに結城さんにお願いして調べてもらった方が良さそうだな。



「まあ、“裏の支配者”って言われてるだけあって良い噂は聞かないけどね」

「お、おい御手洗、それは…っ」

「本当のことだろう。世間一般の評価を教えてやるならそのくらい教えてあげれば」

「だからって態々良くない噂を教える必要はねぇだろう!」

「でも立夏くんはそっちの方が興味あるみたいだけど」

「え?」



皆の視線が一斉に集まる。
そんなに見つめられたら照れるな……なんて、誤魔化せないか。



無意識に口角が上がる。



「そうだね。そっちの方が興味あるかも」



遊馬の言う通り。

俺は上辺だけの評価よりも人間の本心が垣間見える“良くない噂”の方が興味を唆られる。



その対象が鏡ノ院なら尚更ね。


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