歪んだ月が愛しくて2
「アイツは…」
不意に会長は静かに言葉を吐き出した。
「未空は、何か言ってたか?」
「何かって?」
「小牧のこととか、俺のこととか…」
……ああ、まただ。
会長が彼女の名前を口にする度に胸が締め付けられるように痛かった。
「何も…。強いて言えば会長とあの人がヨリを戻すのは嫌がってましたけど」
「それはさっき本人にも言われてちゃんと否定したが、アイツ…お前にもそんなこと言ってたのか…」
「もし会長があの人とヨリを戻したら四六時中一緒にいることになるからじゃないですか?誰でも嫌いな相手とずっと一緒にいるのは苦痛ですからね」
「……お前でも、アイツは無理か?」
その言い方は「無理じゃない」と言って欲しいように聞こえた。
まるで自分の大切な人を受け入れて欲しいと言われているようで、余計に胸が苦しくなった。
「……別に、あの人のことは何とも思ってません。あの人が会長の昔の女でも、例えヨリを戻したとしても俺には関係ないことですから」
「………」
何で俺が彼女を受け入れなければならないのだろうか。
未空と彼女の間に何らかの確執があって、陽嗣先輩は分からないけど何となく九澄先輩にも好かれてる雰囲気じゃないからせめて俺だけでも…、と言う魂胆なのか。
いや、流石にそんな思い通りになってやるつもりはないが。
そもそも彼女は俺のことを…。
『だって、貴方はあたしの大切な人の“お気に入り”なんだから』
あれは間違いなく牽制された。
ああ、もう意味分かんねぇ。
何で俺が牽制されなきゃいけないんだよ。
どう見ても俺は無関係なのに勝手に当事者扱いして話進めてんじゃねぇよ。
会長があの人と復縁しようがどうしようが俺には関係ない。
下手に首を突っ込んだら今以上に巻き込まれるのがオチだし、俺の嫌いな面倒なことになるのは確実だ。
それなのに…、
「ただ…こんなこと俺が言えた立場じゃないけど、そう言う相手がいるくせにああ言うことするのは例え同性で人助けのためだとしても良くないと思いますよ…」
忘れてと言ったのは自分なのに、これだけはどうしても言いたかった。
「結果的に会長には助けてもらいましたけど、ああ言うことをするのはこれっきりにして下さい。いくら俺を助けるためとは言え会長があんなことする必要はないし、もしまた同じようなことがあっても自分で何とかしま…、」
「お前は俺よりもあの女の言葉を信じるのか?」
抑揚のない淡々とした声が、俺の言葉を遮った。
「……は?」
「昨日言ったよな、アイツは俺の女じゃないと。それなのに“そう言う相手”って何だよ?お前にとって俺はそんなに信用ならない人間か?」
「違います、けど…」
「だったら何故“そう言う相手”なんて言い方をする?アイツは俺の女じゃないと言ったはずだ」
「あ、あの人じゃなくても、いるかもしれないし…」
「いない」
「でも、前にGDに絡まれた時も女関係だったじゃんっ。それに…、体育祭の最中に屋上で会長が誰かと抱き合ってるの、俺見たし…。あれって葉桜先生でしょう?ああ言うの見たら会長とあの人の間に何もないとは思えないんだけど…」
「……確かに体育祭の時、俺は屋上で小牧と会っていた。だがあそこで小牧と会っていたのは未空と接触しないようにするためだ。お前も知ってるように未空は小牧を毛嫌いしているからな。それだけだ。だから疾しいことは一切してねぇし、GDに絡まれた時も奴等の勘違いだと説明したはずだ」
「い、いや、でも会長が茶髪の女の人と、屋上で抱き合ってるのを…」
「見間違いだ」
そんなはっきりと断言されたらそれ以上何も言えないじゃないか。
確かに屋上で抱き合っていた光景を見たのはほんの一瞬のことですぐに顔を逸らしたから100パーセント見間違いじゃないとは言い切れないが、会長の女関係の噂とか会長と葉桜先生の親しげな雰囲気とか見せつけられたら何となく自分の間違いを認めたくなかった。