歪んだ月が愛しくて2
「隙だらけでムカつく。無駄に喧嘩強いくせに何でこう言うことに関しては誰にでも簡単に許してんだよ」
じわじわと、頬に熱が集中していくのが分かる。
苛立ち交じりの口調から会長が怒っているのは分かってるし、本来なら俺が逆ギレしてもいいはずなのに不思議とそんな気にはなれなかった。
まるで未空に付けられたキスマークに嫉妬しているみたいな会長の言動に、どう反論するのが正しいのか分からなくなった。
「そのくせ俺には“忘れろ”だと?ふざけんな。誰がお前の思い通りに忘れてやるかよ。ついでに言うと謝る気も更々ねぇからな」
会長の手が首筋を押さえる俺の手に重なったかと思えば、その手は滑るように頭の後ろに伸びていき逃がさんと言わんばかりに後頭部を押さえ込まれた。
会長の黒曜石が至近距離から俺を射抜く。
「それでもお前がなかったことにしたいならそうすればいい。但し、お前が忘れる度に何度でも思い出させてやるがな」
「ど、やって…」
「あ?ここまで言ってもまだ理解出来ねぇのか?とんだ鳥頭だな。少しは自分で考えろ。そして悩め」
「……悩んでも、分からなかったら?」
「さあな。少なくともお前の頭ん中が俺で埋め尽くされんじゃねぇか?」
「っ、」
確信犯みたいな台詞に、カッと頬が紅潮する。
会長の思わせぶりな言動に言葉が詰まり、思わず手に持っていた空き缶をグシャッと握り潰してしまった。
……いや、思わせぶりと言うより人をおちょくって面白がっているのかもしれない。
そう思ったらいつもみたいに反発してやりたくなったが、一瞬だけ切なそうに歪んだ表情が見えてしまい文句を言うタイミングを逃してしまった。
「それに、いくらお前に頼まれたところで忘れられるわけねぇだろうが…」
「、」
吐息が触れ合いそうな至近距離でそんなことを言われたら、これまで必死で押さえ込もうとした感情が少しずつ溢れていく。
忘れられないのは俺も同じだった。
その理由に、俺は気付いてしまった。
(嘘、だろ…)
もう胸に閊える気持ちから目を逸らすことが出来ない気がした。
だから嫌だったんだ。
だから、会長には会いたくなかったのに。
本当は少し前から気付いていた。
この胸に閊えるものが何なのか…。
だからこの気持ちに蓋をしてしまえばなかったことに出来ると思って、ずっと自分の気持ちから目を逸らしたまま過ごして来た。
会長と言葉を交わす度に、会長に触れられる度に、蓋が開いたり閉じたりしてバカになっていたけど、会長に正体がバレたことをきっかけに蓋なんてあってないようなものになっていた。
ああ、もう本当嫌だ。
泣きたくなる。
折角今まで見て見ぬふりをして来たのに、何で今になって自覚してしまったんだろう。
腹を括って向き合った自分の感情に心底泣きたいと思った。
てか、キスマーク付けられたのがムカつくからって普通噛み付くか?
しかも忘れてって言ったことを今まで引き摺ってたとかどんだけ子供だよ。
(でも、そう言うところが、嫌いじゃなかったりもする…)