歪んだ月が愛しくて2
会長と未空の靴を預かり3人分の靴を返却してからトイレを済ませて皆の元に戻ると、受付前のロビーに見目麗しい集団が集まっていて何やら昼飯について話し合っているようだった。
そんな彼等に注がれるいくつもの視線。羨望、憧憬、好奇、嫉妬。
外に出て改めて思ったのは、彼等の容姿が整っているのはあの狭い箱庭だけの話じゃないと言うこと。
この空間で一際目立つ彼等の存在感は容姿に限ったことだけではなく、目に見えない研ぎ澄まされた雰囲気が何重もの壁となって第三者の介入を拒んでいた。
しかし、そんな彼等の会話の内容はあまりにも幼稚でバカバカしくて、ある意味近付くことを躊躇ってしまうほどのものだった。
「だから昼は焼肉だって言ってんじゃん!リカが俺と一緒に行くために使わないで取って置いてくれた食べ放題のチケットがあるんだから!」
「それはさっきも聞いたっつーの。でも1人2980円はいくら何でも安過ぎだろうが。何の肉使ってるか不安になるわ」
「確かにA5ランクの肉は扱ってなさそうですね」
「だろう」
「そもそもお前と行くためじゃねぇだろうが」
「でもリカに誘われたのは俺だもんね」
「……ねぇ、今A5ランクとか言った?俺の聞き間違い?」
「いや、お前の耳は正常だ。覇王の金銭感覚が異常なんだよ」
「流石に食べ放題でA5ランクのお肉は出ないもんね。そんなことしたらすぐお店潰れちゃうし」
「てか、あの連中は昼飯までついて来るつもりかよ」
「あの様子だと学園に戻るまでずっと一緒だろうな」
「尊様とずっと一緒…っ。ああ、幸せ過ぎるぅ!!」
ダメだこりゃ。
人数が多過ぎて全然話が纏まってない。
「あ、リカ戻って来た!」
すると未空に見つかった俺は未空に腕を掴まれて強引に輪の中心へと連れて行かれる。
「ねぇ、聞いてよ!ヨージが焼肉行きたくないって言うんだよ!折角リカがくれたチケットがあるのにさ!」
「だから俺が言ってんのは店を選べって言ってんだよ!庶民にとっちゃ安いのは美徳かもしれねぇけどな、安くても不味い肉だったら食う意味ねぇだろうが!」
「でもリカがくれたチケットを無駄には出来ねぇよ!」
未空と陽嗣先輩が煩いのはいつものことだけど、だからってこの煩さに寛容になったわけじゃない。
出来ることならこの2人から離れたいのだが、生憎未空に腕を掴まれているせいで身動きが取れないでいた。
不意に陽嗣先輩の後ろに立つ会長と目が合う。
会長は今にも蹴り飛ばしそうな雰囲気で2人を睨み付けていたが、俺と目が合うと口パクで「どうしたい?」と尋ねて来た。
そんな会長の予想外な言動に内心可愛いと思ってしまったのは自覚した後遺症かもしれない。
何より俺の意見を尊重しようとしてくれる姿勢が嬉しかった。
思い返せば会長はいつも俺の意見を尊重してくれた。
文句言ったり嫌々だったり、100パーセント納得出来るものじゃなくても結局最後は俺の我儘を聞いてくれて、俺の正体にも追及することなく何も聞かずに受け入れてくれている。
きっとそれが会長の優しさで、俺を対等に扱ってくれている証なんだと思う。
「立夏」
会長の瞳が俺の答えを急かす。
すると全員の視線が一斉に俺へと向けられる。
今日の主役は未空なのに俺が意見を言ってしまってもいいのかと悩んだが、結局は王様の一言で全てが決まるのだから俺が何を言っても変わらないのだろうと口を開いた。
「俺、チケットは無駄にしたくありません」
焼肉に拘っているわけではないが、庶民なので割引券とかは無駄にしたくない主義だった。
「分かった」
会長はそれだけ言うと、皆から少し離れてどこかに電話を掛け始めた。
今の「分かった」で何が分かったのか俺には分からないが、先程まで騒がしかった未空と陽嗣先輩も会長の一言で全てを理解したらしくピタッと喧嘩をやめて大人しく…、
「……何が分かっただよ、格好付けちゃってさ」
「だったら端っからそう言えっつーの」
……ならないよね。
うん、分かってたけど。