歪んだ月が愛しくて2
「お前がここに来た目的は果たせたのか?」
「そう、ですね…。杜山くんの証言で族狩りの首謀者がキョウであることは断定出来ましたし、シキって奴が裏で糸を引いているかもしれないってことも分かりました。それに…葵がどれほど白夜叉を憎んでいるのかも改めて思い知らされましたから…」
「………」
正直、葵の言葉はキツかった。
いつもならスルー出来た言葉も一つ一つ突き刺さって、今も抜けずにそこから血を流して蹲っている。
そのくせ何食わぬ顔して葵の涙を拭って仲直りしろと言う俺は外道と言われても仕方ないだろう。
自分のことだけど本当軽蔑するよ。
ギュウッと、心臓が握り潰されてるようで苦しかった。
すると、ふわっとした感触が視界を閉した。
目元がひんやりしたことから誰かの手によって目元を覆われていると言うことはすぐに分かった。
まあ、誰かって会長しかいないんだけどさ。
寧ろ会長じゃなかったらお化けってことになるわけで、もしそうだとしたらひんやりしてんのも頷けるけど、人間の体温と信じたい俺は恐る恐る会長に声を掛けた。
「………何?」
「………」
返答がない。
え、嘘、まさか本当にお化け?
てか、お化けだとしたら会長はどこ行ったんだよ!?
「寂しいな…」
「、」
その言葉に思わず息を飲んだ。
まるで俺の心情を代弁するかのような言葉に何も言えなくなる。
その上、視界が閉ざされているため、会長の言葉がダイレクトに響く。
「それだけお前にとっては大切な奴だってことだろう」
「………」
「人でもモノでも、大切なものが出来るのは悪いことじゃない。特にお前の場合はそう言うものがねぇとすぐどっか行きそうだからな」
「は、ははっ、信用ないね俺って…」
僅かに睫毛を伏せて、グレーの瞳に憂いを忍ばせる。
図星だから、何も言えなかった。
でも図星を突かれたと言うのに不思議と不快感は訪れなかった。
そればかりか会長の言葉が俺の中にじんわりと浸透していく。
大切、か…。
そんなの、もうとっくに気付いてたよ。
葵だけじゃない。
未空も、頼稀も、希も、みっちゃんも、汐も、遊馬も、陽嗣先輩も、九澄先輩も、そして―――。
ああ、だから会長は“寂しいか?”ではなく“寂しいな”と言ったのか…。
“寂しいか?”と疑問系で問えば俺が本心を隠すと分かっていたから。
(不器用か…)
「お前にはいなくなってもらっちゃ困るからな」
「………」
「そのためなら多少のことは我慢してやる」
「我慢って?」
「自分で考えろ」
「またそれ?」
会長はどこまで気付いているんだろうか。
もしその時が来たら…。
気付いてる上で“いなくなるな”と言ったとしたら、俺は彼の前から後腐れなく消えることが出来るだろうか。
そんなの、決まってる。
迷うまでもなく、俺は…。
スッと、身体から力が抜けていく。
普段からの寝不足のせいでウトウトして来た。
「立夏」
「……ん、」
「余計なことは考えるな」
「………」
会長の声が、深く脳に浸透していく。
それに比例するように、徐々に眠気が増幅する。
瞼が重い。
「武藤のことも、陽嗣のことも、キョウのことも、過去の事件とやらのことも…。お前が抱えている問題は何れ解決しなきゃならねぇことだし、お前がそれを望んでいることも分かっている」
「………うん」
「だからこそ焦るな。自分1人で解決しようなんて気張る必要はない」
耳元で囁かれる低い声が、心地良い。
手探りに会長の服を掴んで、逃がさない。
ここにいて欲しい。
もう少しだけ傍にいて欲しかった。
その声を、視線を、今だけは独り占めしていたかった。
「だから、今だけは何も考えずにゆっくり休め」
ダメだ。
もう、限界…。
その言葉に誘われるように、一気に眠気が襲い掛かる。
それに逆らうことが出来ぬまま俺の意識は暗闇の中へと飲まれていく。
「俺が―――」
その時、会長が何か言ったような気がしたけど、暗闇の中では何も考えられなかった。