歪んだ月が愛しくて2
予期せぬ再会
◇◇◇◇◇
その日は、やけに蒸し暑かった。
だから、よく覚えていた。
その日、俺は1人の子供と出会った。
土足で畳の上を歩くことに罪悪感を抱かなくなったのはいつからだろう。
初めから?
いや、初めてアイツの家に行った時はちゃんと靴脱いだから初めからではないか。
そんなどうでもいいことを考えながら、俺は血で汚れた畳を避けることなく出口に向かって足を進めていた。
「もう帰んのかよ?」
ふと、聞き慣れた声が降って来た。
それでも俺の足は止まらない。
早く帰ると約束した手前、用が済んだらとっとと帰らなければならなかった。
「俺のやることは終わったからな」
それに俺はあくまでバイトの身。
本職の人間でも、ましてや関係者でもない俺がいつまでもここに留まる必要はない。
すると出口に向かう俺の後ろからさも当然のように男がついて来た。
「んじゃ、俺も帰っかな」
「お前今日の責任者だろう。最後までいなくていいのか?」
「構わねぇよ。どうせ後は死体運び出すだけだし、松田がいりゃ何とかなんだろう」
「……偶には松田さんにも楽させてやれよな」
「はぁ?何で俺がアイツに楽させてやんなきゃなんねぇんだよ?俺の兵隊が俺のために動くのは当然だろうが。てか、何でお前が松田のこと気にすんだよ?あ?お前がマツダマツダって煩ぇこと言ってっとその内アイツの首が吹っと…「あー…分かったからちょっと黙れ」
バタバタと、生き残った組員達が忙しなく後処理に追われる中、近くの襖の奥から怒声が聞こえて来た。
それは普段なら気に留めることもない、微かな声。
でも何となく気になった。
どうしてもこの目で確かめたいと思った。
するとそんな俺の心情を察したヤエが革靴で襖を蹴破った。
「煩ぇぞテメー等。死体の処理くれぇ静かに出来ねぇのか?」
そこにいたのは見知った組員達と死体の山、そして―――。
「わ、若っ!?」
「す、すいやせん!!実は…っ」
組員が何か言い掛けた瞬間、不意にヤエの後ろから顔を出した俺の目の前にキラリと光るものが見えた。
「シッ、!?」
ヤエと組員達の動揺が見て取れる。
そんな光景を横目に、ヒュッと空気を切って伸びて来たナイフを払い除ける。
相手の体勢が崩れたところを狙おうとしたが、咄嗟にしゃがんだ相手が上手く避けた。
そのまま伸びて来た足を後ろに飛んで躱し、畳を強く蹴って懐に潜り込み、相手の身体の一箇所をグッと指で押した。
すると力が抜けたようにがくりと膝から崩れ、その隙に相手の背後に回り込み首の後ろを掴んで顔面を押し付けるように畳に沈めた。
「大丈夫かシロ!?」
「……ああ」
案外凶暴だな、とどこか他人事のように思考を巡らせながら相手に視線を戻す。
「ぐっ、」
俺の下で未だ抵抗する、小さな子供。
実年齢は定かでないが、極度に痩せ細った身体と幼い顔立ちから何となくそう思った。
ただ世間一般の子供と違うのは、手首に嵌められた重そうな手錠と顔を覆うほどのボサボサの黒髪。
その隙間から俺を睨み付ける鳶色の瞳が殺気を放っていた。
ああ、この目は、まだ諦めていないのか。
……嫌いじゃない。
殺してやる、と睨み付ける反抗的な瞳も悪くない。
(寧ろ―――)