歪んだ月が愛しくて2



「はぁ…、ったく、また面倒なもん拾いやがって…」



俺への不満を漏らしながら、いつの間にか床に落とした煙草をヤエの革靴が踏み潰す。



「自分から拾ったのはこれが初めてだけど」

「どれも似たようなもんだろうが」

「お前が言うか」



自分だってその“似たようなもん”に含まれてるくせに。



「わ、若っ、いいんッスか!?」

「こんなこと知れたら会長にドヤされるだけじゃ済みやせんぜぃ!」

「うっせぇな、黙ってろチンカス共。テメー等がこの俺に意見する気か?あ?俺の飼い主様が飼うって言ってんだからしょーがねぇだろうが。お望み通り生きたまま連れて帰ってやらぁ」



「あー…クソジジイに何て報告すっかな」とボヤきながら、ヤエは俺の下にいる子供に手を伸ばしてまるで米俵のように子供を担ぎ上げた。



「は、離せ!触るなっ!」

「ピーピーうっせぇな。テメーの脳天に風穴開けて強制的に静かにさせっぞコラ」

「、」

「お前が言うと冗談に聞こえないぞ」

「ハッ、生憎冗談じゃねぇからな」



ヤエのせいで萎縮する子供の頭を撫でて「大丈夫だ」と声を掛ける。

未だ警戒心を捨てきれない鳶色の瞳が輪郭を赤くさせたままジッと俺を見つめ返す。



「お前、名前は?」

「、」

「オラ、何とか言えや。テメーの飼い主様が聞いてんだろうが」

「…………な、い」

「あ?」

「な、まえ……、ない…」



今にも消えてしまいそうな儚い声が俯きながらそう答えた。



「へぇ…」



その答えだけでこの子供の境遇が手に取るように分かった。
加えてこの形だ。教育は疎かまともな食事も与えられなかったことだろう。
その上、名前がないと言うことは組での立ち位置もある程度想像が付く。
使い捨ての駒、良くて暗殺要因。結局はいくらでも替えがきくポジションなのだろう。
こんな良い目をしてるのに勿体ない。
井桁がもう少しまともならこの子供がこんなところで埋もれることはなかっただろうに。
まあ、まともならそもそもあの男に目を付けられてもいないか。



「にしても、今日は一段と蒸しあちぃな…」



ボソッと、ヤエが呟く。



屋敷を出ると、蝉の声が煩かった。

ジメジメとした暑さにヤエの機嫌が急降下する。



俺も、夏は苦手だ。

でも自分の名前に“夏”の字が使われていることと、その名付け親が亡くなった義母だと知っているから暑さを理由に嫌悪することは出来なかった。





………ああ、夏か。


うん、これにしよう。





「―――ナツ」





そう呟けば怪訝そうな表情を見せる2人が振り返った。

そんな視線を浴びながら、俺はヤエに担がれている子供の顎を掴んで顔を近付けた。





ああ、やっぱり暑いな。





「今日からお前の名前は“ナツ”だ」










そんな、ある夏の日。



この日、俺は1匹の獣を連れて帰った。


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