歪んだ月が愛しくて2
「ま、まさか…、あ、貴方様が、あの…っ」
「あー…」
そりゃ気付くよね。
あんだけシロシロ連呼されて気付かない方がどうかしてる。
まあ、そのための口止め料なんだろうけど。
「誰が口を開いてもいいと言った?」
「ヒィッ!?」
あーあ、だからそう言うところだって。
どの口がヤエから学んでないって言ってんだか。
どう見ても俺じゃなくてヤエの背中見て育ってるじゃん。
「貴様如きがシロの言葉を遮るとは随分偉くなったものだな。死にたいのか?」
「っ、す、すいません!!もう喋りません!!二度と口を開きません!!」
「そう言えばさっきシロのことを“クソガキ”とか言ってたな。俺のご主人様に対してクソって…、言ってたよなぁ?」
「も、も、申し訳ございませんっ!!お、お許し下さいっ!!」
「煩い喋るな。二度と口を開かないんじゃなかったのか?ああ、そうか、生きてたら嫌でも喋りたくなるよな。その腐った言葉しか吐けない口が付いている限り喋らないなんて不可能だもんな。だったらその口、いらねぇよな?」
「―――っ」
机の上に無造作に置かれたカッターに手を伸ばし、ナツはそれを店長の口元に押し当てた。
ナツの殺気に当てられて腰が抜けた店長は床にしゃがんで動けずにいた。
口元に押し当てられたカッターが悲鳴を上げることすら許さず、店長は懺悔も命乞いも出来ずその目に涙を溜めていた。
はぁ…、俺そんなこと教えた覚えないんだけど。
「ナツ、やり過ぎ」
どうせ殺すつもりなんてないくせに。
だって、ナツは俺の嫌がることは絶対にしない。
凶暴で、生意気で、俺以外に懐かない獣だけど、何故か俺には従順だから。
ナツは俺の言葉を待っていたかのように手に持っていたカッターを振り上げ、ドスッと音を立てて店長の後ろの壁に突き立てた。
一筋の赤い血が、店長の頬から滴り落ちる。
「……良かったな。俺のご主人様が優しい人で」
「、」
殺気に満ちた鳶色の瞳が、冷たく獲物を見下ろす。
ナツは店長の耳元でそう囁くと、くるっと反転して俺の元に戻って来た。
顔だけ見たら何を考えてるか分からない無表情だけど、その鳶色の瞳の奥にはしっかりとギラギラとしたものが宿っていた。
脅すだけ脅して本気で殺る気はなかったくせに、俺と目が合った途端「止めるの早くない?」と不満げな声を漏らした。
「ヤエに預けたのは失敗だったかな…」
「そう思うなら二度と他人に預けないでよ。俺の飼い主はシロだけなんだから」
「………」
嬉しい気持ちと、申し訳ない気持ちが混じり合って、ナツに向かって両手を広げた。
ハクとナツは昔からこうするとよく飛び込んで来たな…、なんて思い出に浸っていると、案の定ナツは床に両膝を付いた立ち膝の状態で俺の胴体に腕を回してキツく抱き付いて来た。
「可愛い」
「……シロにだけだよ」
クスッと笑いながらナツのグリーンアッシュの髪を撫でてやると、ナツは気持ち良さそうに目を細めて俺の腹部にぐりぐりと頭を押し当てて来た。
「甘えん坊め」
「だからシロにだけだって」
あの頃に比べて大分成長した体格と、端麗な顔立ち。
そんな外見からは想像出来ない甘えたな一面に、世の女性達は放って置かないだろう。
でも残念なことにナツの甘えたは今のところ俺にしか発動しないらしい。
折角顔が良いんだから彼女でも作ればいいのに…、なんて考えながらナツの喉を撫でてやった。
「ん…」
今にも喉が鳴りそうな、俺だけの獣。
やっぱり可愛い。