歪んだ月が愛しくて2



ナツに言われた通り一度繁華街を出てから駅の地下道を経由して歓楽街を目指し、歓楽街に入ってすぐの花屋まで走って来てみたが、案の定当の本人の姿はどこにもなかった。



もうすぐ日が沈む。

道行く人々が学生や若者から、スーツや煌びやかな服に身を包んだ大人へと変わっていく。

見慣れた風景に一瞬懐かしさを覚えたが、同時にこの日常を捨てて彼等の元から去った自分自身の愚かさを再認識させられた。



そんな自分が嫌で消えてしまいたくて、キャップを深く被って顔を隠した。



「、」



今の、って…。



その音が聞こえた方へ視線を向けると、ここよりも更に暗がりな道が続いていた。



……聞き間違い、じゃないよな。



あの声を、俺が間違えるわけがない。



それもいつにも増して荒々しい。



目視では確認出来ないが、きっとこの先にアイツがいる。



俺を待って、待ちくたびれて、暴れ狂ってるに違いない。

まるで腹を空かした獣のように。



「無視出来ねぇじゃん…」



ちょっと顔見て帰るつもりだったのに、これは間違いなく長引くパターンだ。



………仕方ない。

待ってくれと頼んだ覚えはないが、実際待たせてるのは俺だから迎えに行くしかない。



溜息を一つ吐き出して、頼稀にメールを送ってから音のする方へと足を進めた。















一気に人気がなくなった歓楽街の裏路地を、気配を消しながら奥へ奥へと進んでいく。

ある程度進んだところで曲がり角の先を覗き見ると、―――いた。



「ぐ……ゲェッ……っ!!」



コンクリートに転がっている何かを革靴で何度も何度も踏み締める、一つの影。
その足元に視線を集中させると、ねっとりした液体で汚れた革靴の下には所々不自然な形に腫れ上がり顔の原型を留めていない男が身体をくの字に曲げて横たわっていた。



「なぁんだよ…、もう終わりか?束で掛かって来た割にはあっけねぇな」



ゴリッと、鈍い音が裏路地に響く。



あーあ、可哀想に。

これは確実に骨やられたな。

いや、骨通り越して内臓も危ないかもしれない。



「つーか、無謀にもこの俺に挑んで来たくせにこの程度かよ。ああん?折角気分良かったから暇潰しに相手してやったってのに時間の無駄だったじゃねぇか。服も靴もテメー等の汚ぇ血でべっとりだ。どうしてくれんだよ。こちとらこれから感動の再会が待ってんだぞ。弁償しろやこの野郎」



相変わらず無茶苦茶な奴。

汚したくなかったら初めからセーブしろっての。



でも血で汚れているのはシャツの袖口と革靴だけ。

トレードマークの水浅葱色の髪は少しも乱れていなかった。



「あー…何つったっけか?何とかって女を俺が寝取ったって?んなこと知るかよ。テメーの女寝取られたのは自己責任だろうが。一々くだらねぇことで突っ掛かって来んなよ面倒臭ぇ。自慢じゃねぇが、俺は死体若しくは死体予定の女しかレイプしたことはねぇぞ。だから合意だ合意。どうせテメーの女が俺に跨って好き勝手に腰振ってたんだろうよ」

「テッ、メー…」



ゴリュッ



「ぁ、……あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁああっ!!!」

「……口の聞き方がなってねぇな。まだ自分の立場が分かってねぇのフニャチン野郎くん?俺はなぁ、テメー等が現れるまでチョー機嫌良かったんだわ、いやマジで。生き別れの親子くれぇの感動的な再会を果たすはずだったのによ。それをテメー等の汚ぇ言葉で遮ってあろうことか15分もロスしちまった。さぁて、テメーはこの落とし前どう付けてくれんのかなぁ?」

「う、ぅぅ……たす、け…、…」

「悪ぃな。耳クソ溜まってて聞こえねぇわ」



足元にいる男の意識がなくなり掛けている。
近くで転がってる連中は既に意識がないようで、最後に残った1人に攻撃が集中していた。
出す物もなくなり胃液を垂れ流す男を面白がるように、暴れ狂う獣は攻撃の手を止めることなく意識を失うその瞬間まで愉しむつもりのようだ。



(質が悪い…)



普段から口悪いし、全くと言っていいほど褒められた言葉遣いじゃないが、それプラス饒舌の時はかなりキテる証拠だ。

そうじゃなきゃ、あの野生児が俺の気配に気付かないはずがない。



どうせこんなことだろうと思った。

だから迎えに行きたくなかったんだ。

気が済むまで暴れるのは構わないし、好きなだけ血を浴びたっていいさ。

でもな、暴れるだけ暴れて、好きなだけ血を浴びて、その後この荒れ狂った獣を誰が沈めるんだって話なんだよ。



いいよ、別に他の人がやってくれるなら。

でも実際問題誰もやらないし、見て見ぬふりだし、被害は増える一方だし。



ああ、クソ。

毎回毎回、何でこうなるかな。



何で、いつもその役目が…、





「―――俺に回って来んだよ、クソヤエ」


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