歪んだ月が愛しくて2
会いたくなかった。
会いたかった。
忘れたかった。
忘れたくなかった。
そんな相反する感情が、俺の中でぐるぐるしている。
でも、そんな感情を俺に手放させてくれなかったのは、間違いなく目の前にいる人物のせいだった。
「……ハッ、誰かと思えば、絶賛引き篭もり中の飼い主様じゃねぇか」
俺と目が合った瞬間、ヤエは一瞬呼吸を忘れたかのようにガチンと固まって、すぐにいつもの顔へと戻った。
こっちはまだ内心気まずいってのに、やけにあっけらかんとしてんな。
ハイの時に見せる挑発的な笑みが憎たらしい。
「引き篭もりは余計だ」
「ハハッ、そうかよ」と陽気な声を上げながら、ヤエは足元の男を平然と踏み付けて俺の元までやって来た。
「……へぇ、案外すぐ戻ったな」
「目の前に大好物のにんじんをぶら下げられちゃ戻らねぇわけにはいかねぇだろう」
「ドッグフードの間違いじゃねぇのか?」
「ワンワン、ってか」
そんな軽口を叩きながら、ヤエは俺の手を取ると左手の薬指をガリッと噛んだ。
勢い良く噛まれた指からは皮膚を裂いて赤い血が垂れ流れ、それを一滴たりとも溢さないようにヤエの生温かい舌が俺の指に絡まる。
その感触に一瞬だけ反応したが、ヤエの思い通りになるのが癪であえてそれ以上のリアクションを取らなかった。
……なあ、俺が気付いてねぇとでも思ってんの?
分かってるよ。
お前がそう言う奴だって、ちゃんと分かってるさ。
だってお前が俺と目を合わせた瞬間、反射的に引っ込めたソレが血の臭いに反応して疼いてるぜ。
物足りねぇんだろう?
腹が減ってんだろう?
腹の底が疼いて仕方ねぇんだろう?
どうしようもなく、ぶっ壊してぇんだろう。
「まあ正確にいやぁ、戻ったってよりかは…」
ああ、全然戻ってねぇじゃん。
誰だよ、案外早く戻ったみたいなこと言ったバカは。
チッ、と舌を打つ。
今のヤエを相手にして無傷で済むわけがない。
勘弁しろよ。ゲーセンにはまだ会長達がいるってのに。
「再発、だなっ」
「、」
本当、勘弁してくれ。