歪んだ月が愛しくて2
「どうしたよ?さっきからずっと心ここに在らずじゃねぇか。そんなに俺とのお遊びは退屈かぁ?それともゲーセンで待たしてるオトモダチが気になって集中出来ねぇってか?」
「く、っ」
すっかり日が落ちたせいで月明かりが妙に眩しい。
そんな月明かりを後ろに携えながら、ヤエはにんまりと歪な笑みを浮かべていた。
「慣れねぇことはするもんじゃねぇなぁ。大方、テメーのオトモダチに気付かれねぇように最小限の被害で俺を制圧したかったんだろうが、生憎テメーの思い通りに大人しくやられてやるほど今の俺は内心穏やかじゃねぇんだわ」
「ざーんねん」とニヒルに笑いながら、ギチギチと俺の首を掴むヤエの指に力が入る。
く、っそ。
頭がクラクラする。
これはヤバイな。本格的に苦しくなって来た。
「オラッ、さっきまでの減らず口はどうしたよ?テメーご自慢のお綺麗な女面が真っ青だぜ」
……苦しい。
酸素が、足りない。
パクパクと口を動かして、必死で体内に酸素を取り込もうと踠く。
でも本当に欲しいのは酸素じゃない。
―――ねぇ、俺の名前を呼ぶんじゃなかったの?
俺に足りないものは、酸素でも、力でもなく、
―――ほら、呼んでみなよ。
―――お前が俺を求めるなら、俺はいつだって力を貸すよ。
赤い、真っ赤な血。
「―――っ!!」
ヤエの後ろに浮かぶ月を両目で捉えた瞬間、カァッと全身の血が騒いだ。
血管に流れる血液が逆流する、そんな感覚。
ブワッとした気持ち悪い感覚から逃れるように、自分の手の甲に思いっきり噛み付いた。
皮膚を裂いて、血管を傷付けて、血を流す。
それを溢さないようにジュルジュルと吸い取ると、酸欠状態だった頭が徐々にクリアになっていく。
「、」
そんな俺の奇行にヤエは一瞬目を見開いて驚愕の色を浮かべたが、すぐに挑発的な色香を放って俺の首から手を離した。
その瞬間、俺はヤエの下から抜け出し、体勢を低くしてヤエの顔面に蹴りをお見舞いした。
まともに食らったヤエは背中を砂や土で汚しながら壁に激突して地面に崩れた。
「……本当、慣れねぇことはするもんじゃねぇな。お前のお陰で漸く目が覚めたわ」
ぽた、ぱたと。
手から血を流しながら前髪を掻き上げる。
思いっきり噛んだため結構な出血量だが、そんなこと今はどうでいい。
「口で言っても分からねぇバカ犬には、やっぱ力で黙らせるしかねぇよな」
右手を見せつけるように指を鳴らすと、ピクッと反応したヤエが勢い良く顔を上げて歪んだ笑みを浮かべながら俺を見上げた。
その顔…、
この瞬間を待ってましたと言わんばかりの期待と興奮に満ちた表情が、ヤエの規格外っぷりを表していた。
どうせさっきの蹴りも大して効いてないだろう。
つまり今のヤエはそのくらいヤバい状態にあると言うことだ。
相手する方もキツいが、本人も相当疲労が溜まっているはず。
でも、止まらない。
自分ではどうすることも出来ないんだ。
(………本当仕方ねぇな、お前は)
「来いよバカ犬。テメーが従順に腹見せて尻尾振るまできっちり躾てやっから」
「……ハッ、そうこなくっちゃなぁ」