歪んだ月が愛しくて2
じゃり、と。
重い足音が段々とこちらに近付いて来る。
「若っ!こんなところにいたんですか……って、な、何やってんですか白夜叉殿ぉぉおおお!?」
ヤエの腹の上に馬乗りになって顔面を殴打していると、聞き慣れた声が聞こえて来たので思わず手を止めて顔を上げた。
「……ああ、誰かと思えば松田さんか。久しぶりです」
「いやいやいやっ!どのテンションで暢気に挨拶してんですか貴方は!?」
「大丈夫、殺してませんから」
「そうじゃないでしょう!!」
気絶したヤエを俺から引き剥がすと、松田さんは「若!しっかりして下さい!」と言いながらヤエの肩を揺さぶって目醒めさせようとする。
あーあ、折角大人しくさせたのに…。
そんなことを考えながらいつの間にか地面に落ちていたキャップを拾い上げ、今更ながらに顔を隠した。
気付けば先程までいた野次馬連中がいなくなっていた。
松田さんが散らしてくれたのか、自発的にいなくなったのか、ヤエの顔面を殴ることに夢中になっていた俺には分からなかった。
「……もしかして、また若が暴走したんですか?」
「うん。だから殴って大人しくさせた」
「そ、それは、お手数をお掛けしました…」
「何を今更」
「ですよね…。そういや、若と白夜叉殿が一緒にいるってことはナツの奴もここにいたんですか?」
「いや、ナツとはゲーセンで会ってそのまま置いて来たけど…。もしかしてナツのこと捜してました?」
「捜してたのは若もですけどね。ナツの奴、集金に行ったきり全然帰って来ねぇんでどこで油売ってるかと思ったら…。すったもんだしてる内に若までいなくなっちまって、だから事務所のもん総出で今までずっと捜してたんですよ」
「ふーん…、じゃあ松田さんがここに来たのは偶然だったんだ。よく見つけられましたね」
「まあ、偶然といや偶然ですけど、うちのシマでこんだけ派手に暴れて、しかもあんな野次馬の中で形振り構わず殴り合ってたら見つけてくれって言ってるようなもんですからね」
「ああ、確かに」
「……てか、白夜叉殿、でいいんですよね?」
「ハハッ、それこそ今更でしょう。さっき挨拶しましたよね?」
「いえ、その…、その姿を見たのは初めてだったので、つい…」
「姿って…、ああ、これのこと?」
ヤエに吹っ飛ばされた眼鏡を拾い上げ、態と顔の近くまで持って行く。
「どうです、このガリ勉スタイル?因みにこっちが地ですから、眼鏡は伊達だけど」
「っ、いや、何と言うか…、以前の貴方を知ってるので違和感ありまくりですけど流石ですね。元が良いから何やっても目の保養に……じゃなくて、うちの若が夢中になるのも無理ない綺麗なお顔だなと改めて実感しやした、はいっ!」
そう言えばヤエとナツはよくこの姿の俺を認識出来たな。
どこからどう見ても以前の姿とは似ても似つかないはずなのに…。
それに加えて俺と月の確執まで把握していた。
体育祭の日のことは一部の関係者しか知らされていない情報で、尚且つ箝口令が敷かれている。
それなのにそれをヤエが知っていると言うことは、考えられることは一つだけ。
「余計なことを…」
困ったな。
白羊でも聖学でも、ヤエの監視下にいると思うと色々とやり辛くなるな。