歪んだ月が愛しくて2
不意にヤエが俺の首に手を伸ばす。
ひんやりと冷たいヤエの指先が俺の首に触れて、まるで壊れ物を扱うように優しく撫でる。
「これはやり過ぎた。……悪かったな」
「………」
「……おい、何か言えっ、」
ヤエの言葉を遮って水浅葱色の髪をわしゃわしゃと撫で回す。
既にご自慢のリーゼントは崩れているので、特に気にすることなく気が済むまで掻き乱した。
そんな俺にヤエは文句一つ言うことなく俺の好きにさせてくれた。
「バーカ、何殊勝ぶってんだよ気持ち悪ぃ。お前の愛情振り切れてんのなんかいつものことだろうが」
「………」
「それにお前の行き過ぎたそれを受け止められんのは今んとこ俺だけなんだから遠慮せずにぶつかって来いよ。いつでも相手してやっから」
「っ、」
……可哀想に。
お前の全力を受け止められんのが俺だけなんてさ。
誰も、気付いていない。
俺にしか扱えない獰猛な肉食獣の、本当の姿に。
ヤエの行き過ぎた愛情が殺意へと変わってしまうことに、きっと俺以外誰も知らない。
「ペットの躾は飼い主の役目だろう?」
込み上げる想いを噛み締めるように、ギュッとヤエの頭を抱き締めて離さない。
「もう、捨てんじゃねぇぞ…」
「………」
力を緩めることなく、水浅葱色の髪に顔を埋める。
離れていた時間を埋めるように、更に強く抱き締める。
ごめんも、ありがとうも、全部飲み込んで、今はただヤエの不安や葛藤を根こそぎ全部取り除いてやりたかった。
俺が不甲斐ないせいで押し付けてしまったものも、重責も、色んなものを背負わせてしまったから…。
ギュッと、俺の胴体にヤエの腕が回る。
身動きが取れないほどの強い力で抱き締められ、気恥ずかしさなんてどこかに飛んで行ってしまった。
同時にどうしようもなく苦しかった。
俺を抱き締める腕の力が強ければ強いほど、こんなにも自分を必要としてくれる存在を一度でも手放してしまった事実が俺を苦しめた。
堕ちるのは、自分だけでいい。
俺のせいで大切な彼等が傷付くのは、もう見たくなかった。
その一心で彼等の元を去ったはずだった。
優しさなんかじゃない。
決して正義感から来るものでもなく、ましてや飼い主としての義務でもない。
嫌なんだ。
本当、どうしようもなく。
『…ごめん、シロ……』
俺には、もう耐えられない。
だから、
「まだ、戻れない」
「、」