歪んだ月が愛しくて2
バッと、弾かれたようにヤエが顔を上げる。
「まだやることが残ってる。それが片付くまではお前達の元に帰れない」
「……鬼退治なんざお前が本気出せば一瞬で終わんだろうが」
「ただの鬼退治ならな。でも無用な火種を撒くつもりはない」
「お前に降り掛かる火の粉だけを取り除こうってわけかよ…、ハッ、面倒臭ぇ。それじゃ俺達はいつまでイイコに待てしてりゃいいんだぁ?」
「俺がよしって言うまで」
「だからそれがいつだって聞いてんだよ。……ああ、クソッ!折角会えたってのに結局これかよ!本当テメーは飴と鞭の使い分けが上手ぇ飼い主様だよなぁ!」
「褒めるなよ」
「褒めてねぇよ!寧ろ貶してるわ!」
「ありがとう。ヤエなら分かってくれると思った」
「勝手に話終わらそうとしてんじゃねぇぞボケ!本当テメーはいつもいつも…っ、そう言うところがムカつくんだよ!結局は俺達に手出すなってことじゃねぇか!」
「分かってんじゃん。さっすが」
「流石じゃねぇよボケ…」
はぁ…、と深い溜息を吐きながらヤエが重い腰を上げる。
気怠そうに前髪を掻き上げ、口元から流れる血を舐め取りながら俺から視線を逸らさない。
何気ないその仕草が雄の雰囲気を漂わせ、且つ血の臭いに当てられて一瞬くらっとしそうになったが、俺も負けじとヤエから視線を逸らさなかった。
鋭い眼光が身長差のせいでいつも以上に威圧的にぶつかる。
「ヤエなら、分かってくれるよな…」
「………」
その鋭い眼光を受け止めるように微笑めば、ヤエは僅かに唇を噛んで瞳を細めた。
ヤエは、何も言わない。
何も言えないことを、俺は知っていた。
だから説明も言い訳も省いて頭ごなしに言い聞かせた。
俺達の間に余計な言葉は必要ない。
ヤエなら、きっと分かってくれる。
俺の考えも、俺のやり方も、これ以上何を言ったところで俺が止まらないと言うことも。
まあ、本当は色々と言いたいことがあるんだろうけど、そう言うのも全部飲み込んで俺の好きにさせてくれるからついつい甘えてしまうのだ。
手放せるわけがない。
「……俺は、お前の枷になるつもりはねぇ」
「……うん」
甘さを含んだ声色が、俺の中に浸透していく。
知ってるよ。
お前はそう言う奴だから。
結局、ヤエは俺を突き離せない。
俺がヤエの隣を心地良いと感じるように、ヤエもまた自分の中に巣食う獣をコントロール出来る俺を無碍には出来ないんだろう。
本当、狡いよな。
それを分かっているくせに、お前の好意に甘えている。
でもそんな俺を必要としてくれる彼等に報いたいと思った。
そのためには俺と言う爆弾は跡形もなく消えるべきだった。
それなのに、俺はどこで間違えてしまったんだろう。
こんなはずじゃなかった。
大切な彼等を傷付けてまで得たいものなどなかったはずなのに…。
「だからお前はお前の好きなようにやりゃいい。大丈夫だ。後で骨だけは拾ってやっからよ」
その言葉に、ビクッと身体が揺れた。
「俺達は大丈夫だ。お前は自分のことだけ心配してろ」
「………」
言い知れぬ想いが、俺を揺さぶる。
まさか、またその言葉を言い聞かせられるとは思わなかった。
俺の、大切な言葉。
それだけで身体の芯から勇気が湧いて来るような、魔法の言葉。
それは俺が“藤岡立夏”でいるための無敵の呪文だった。
「じゃあその時は海にでもばら撒いてもらおうかな」
「吐かせ。うちの墓に入れんに決まってんだろうが」
「ヤエは…、まあいいとしてもあの人と同じ墓に入れられんのは嫌なんだけど」
「ハッ、仕方ねぇな。だったら骨になる一歩手前で迎えに行ってやらぁ。それなら文句ねぇだろう」
「期待しないで待ってるよ」
「盛大に期待しとけ。うちの一家総出で出迎えてやっからよ。なあ、松田ぁ?」
「はいっ!お任せ下さい白夜叉殿!」
「いや、それだけはマジで勘弁…」
……まだ、大丈夫。
こんな俺を必要としてくれ彼等がいる限り、俺は大丈夫だ。