歪んだ月が愛しくて2
◇◇◇◇◇
「んー…ちょっとイジメ過ぎちゃったかな…」
ゲームセンターを出て近くにあるショッピングモールの地下駐車場を歩きながら、公平は先程の騒動について反省していた。
休日の日中にも関わらず繁華街のど真ん中で騒ぎを起こしたのは良くなかった。しかも年下であるナツをあんな風に煽って傷口を抉るような真似をするなんて自分でも余裕がなかったことを思い知らされた。
当初はナツにちょっかいをかけるつもりはなかった。まさかあの場にナツがいるとは思わず、史和の情報を元に白夜叉の関係者と思わしき者の行方を手当たり次第に捜し歩いていた時、偶然立ち寄ったゲームセンターに見知った顔を発見して近付いてみたら面白い会話が聞こえて来たため参戦することにしたのだ。
あのナツが一般人を相手に暢気に世間話を楽しむとは思えない。
だからこそ興味が湧いた。勿論、その会話の内容にも。
『そっちが恐極を欲しがる理由があるように、こっちにも譲れねぇ理由があるんでね』
恐極と言えば最近八重樫組が粛清した組も同じ恐極で、その恐極を八重樫組が欲しがってる。
そしてあの連中も何かしらの理由で恐極の誰かを拘束している…、と言うことはその理由が一致したからご丁寧にもナツが出張って来たのかもしれない。
ナツと一緒にいたあの連中が史和の見舞いに来た人間だと言うことはすぐに分かった。史和の幼馴染みである“アオイちゃん”が連中の中にいたことで確信した。
史和の話が正しければあの中に“B2”もいたと言うことだが、それについて確認しなかったのは“B2”そのものには興味がなかったからだ。
公平の狙いはあくまで“B2”が囲っている何か。公平はその何かが白夜叉に繋がる人間、若しくは当人であると考えていた。
しかし連中の中に捜し人はおらず、何故かかつての同胞があの頃と変わらぬ存在感を放っていた。
そして連中の中で一際目立っていた金髪の美青年。公平は“神代尊”と名乗ったあの人間がどうも気になっていた。稀に見る美形と外国人俳優並みのスタイルだけを指して言っているのではない。自分に突っ掛かって来た時のあの目、あの責めるような口調。もしかしたら己の捜し人について何か知っているかもしれない。確証はないが、公平はそう思えてならなかった。「お近付きになりたい」と言った言葉に嘘はない。
「ま、お互い様だよね。あっちだって俺に隠れてシロと密会してんだから」
史和の話によると見舞いに来た人間は全部11人。ゲームセンターにいたのはナツを除いて10人。1人足りない。
見舞いに行った後に帰った可能性もあるが、公平はもう一つの可能性を考えていた。
その足りない1人が自分の捜し人だとしたらナツが連中を足止めしている間にヤエと接触しているかもしれないと。
あくまで可能性の一つだが、撒き餌に掛かった魚とナツが接触していた事実は自分の考えを肯定されたみたいで気分が良かった。
「……ん?」
目的地に差し掛かる一歩手前で公平は顔を上げた。
複数の単車が駐車された場所で自慢の愛機に寄り掛かる一つの人影が見えた。
「―――会えたの?」
真っ黒なシルエットでは容姿や性別の判断すら難しい。
しかし公平はその声色に聞き覚えがあった。
今時の女子のようなキャピキャピした甲高い声ではなく、だからと言って男のような野太い低過ぎる声でもない、心地良い凛とした声。
「何々、俺に会いに来てくれたの?嬉しいな〜」
「拝んでやろうと思ってね。水を得た魚のように愉しそうに年下イジメに精を出すアンタの面を」
「ははっ、見られてたか…」
「偶然通り掛かっただけ。見たくて見たわけじゃない。文句があるなら蛆虫のように湧いて来る野次馬連中と、人目も憚らずアイツを挑発した自分自身に言いなさいよ」
公平は再び足を動かして愛機の元に向かう。
徐々に露わになるシルエットの正体。それは癖のない綺麗な黒髪を一つに結び、黒のパーカーに黒のスキニーパンツ、極め付けに登山用の黒のブーツを履く全身黒一色でコーディネートされた少女だった。
成長すれば「絶世の美女」と言っても過言ではない整った容姿だが、まだ幼さの残る顔立ちは「稀に見る美人」の枠に収まっていた。
「これでも反省してたんだよ。ちょっとやり過ぎちゃったかなって」
「あれで“ちょっと”ね…」
しかし、その表情は氷のように固く何を考えているのか分からない無愛想なものだった。
「んで?俺を出待ちしてた本当の理由は?まさか本当に年下イジメに精を出す俺を非難しに来たわけじゃないよね?」
「アンタがナツをどうしようとあたしには関係ないしどうでもいい。煮るなり焼くなり好きにしろ」
「ふはっ!だよね〜。君達は自分のこととシロのこと以外興味ないもんね。本当そう言うところは一緒なんだから」
「あたしを他の3人と一括りにするな。言って置くけど、あたしはアイツ等と違って盲信的じゃないから」
「はいはい。そう言うことにしといてあげるよ。でも俺を待ってたのはシロのことが聞きたかったからでしょう、―――カイちゃん?」
公平が核心を突くと、カイと呼ばれた少女の目尻がピクッと動いた。
そんなカイの微妙な表情の変化に、公平は乾いた笑みを零しながら「やっぱ一緒じゃん」と故意に煽った。
「……アンタのそう言うところ、本当ムカつく」
「あははっ、そんなの今更じゃん」
「シロがいなくなって余計性格悪くなったんじゃないの?」
「かもね。これも全部シロが勝手にいなくなったせいだわ。ああ、早くシロを見つけないと俺の性格が捻じ曲がっちゃうよ、どうしよう」
「つまり、今回も空振りだったわけね…」
「いんや、そうでもないよ」
その言葉にカイは組んでいた腕を解いて身を乗り出した。
この数ヶ月、全くと言っていいほどその消息すら掴めなかった待ち人の所在が分かったと言うのか。
公平とナツがゲームセンターで揉めていた現場にかの人物の姿がなかったため今回も諦めていたが、公平の言葉にカイは僅かな希望を抱いた。
「そこで相談なんだけど、ここは共同戦線といかない?」
「は?」
「俺達ってさ、基本シロがいないとバリバリ単独行動じゃん。群れるの大嫌い。シロ以外の人間はゴミクズ以下って思ってるような連中だもんね。あ、俺以外の君達のことね。だから今回も我先にシロを見つけ出して自分だけのご主人様にしようと躍起になってるわけでしょう。実際ヤエちゃんなんかはシロのためって大義名分を掲げてシロを独り占めしようとしてるわけだし」
「……そのおこぼれに預かろうとしてんのがナツってわけね」
「そう。別に2人のやり方を否定するわけじゃないけど、俺が思うにそんな生温いやり方じゃシロは戻って来ないと思うんだよね」
「………」
「ね、否定出来ないでしょう?だからさ、俺達は俺達のやり方で取り戻そうよ。追われるだけじゃ満足出来ないアイツを、今度は自分から俺達に手を伸ばすようなそんなやり方でさ」
公平の話には一理ある。
追われるだけじゃ満足出来ない…、と公平が言うように満足してたらもっと簡単に見つけることが出来ただろう。
しかし自分から手を伸ばせない状態、若しくはその性分がそうさせているのか。カイには公平のやり方が決して有効だとも思えなかった。何故ならその方法は一歩間違えたら二度と彼の心を取り戻すことが出来なくなってしまうからだ。正に紙一重。カイには思い付かない……いや、思い付いたとしても決して実行に移そうとは思わない方法だった。
(流石シロの“特別”…)
こんな方法を実行に移そうとするのは公平くらいなものだ。
「悪魔…」
「かもね〜」
王の嫌がることを平然とやろうとする男。
そこには一切の忖度も妥協もない。
あるのは王に対する絶対的な信頼だけ。
それがこの男を“白夜叉の特別”と呼ぶ由縁なのかもしれないと、妙に納得してしまったカイだった。
(それはそうと、さっきそこで超マブイ子見つけちゃったんだけどっ!そっちの方も協力してくんない?)
(知るか。勝手にやってろ)