歪んだ月が愛しくて2
邦光Side
「黙れって言ってんだよ!!」
突如鳴り響く怒号。
ピリピリと肌を突き刺すような声色に、一瞬身体が動かなかった。
それは僕だけじゃない。
他の生徒達も、まるで金縛りにあったかのように動けないでいた。
でも、僕はこの声を知っている。
毎日のように耳にする、凛と澄んだ声。
藤岡立夏。
彼のものだった。
「―――黙らないよ」
「お、おい…っ!?」
息苦しい沈黙を破ったのは、九條院先輩の声だった。
いつもの声とは違う抑揚のない声に、違う意味で身体を強張らせた。
それから九條院先輩は藤岡の腕を掴んで会議室を飛び出した。
「ふ、藤岡っ!」
僕が動けるようになったのは2人が会議室を飛び出した後で、僕は廊下に出て既に見えなくなった2人の後ろ姿に声を張り上げた。
「何なんだよ、急に…」
藤岡のあんな声、初めて聞いた。
怒っていた。
……いや、泣いていた?
胸が締め付けられるような、そんな感覚が忘れられない。
僕の知る藤岡立夏と言う人間は、結構色んな表情を見せる奴だ。
喜怒哀楽の「喜」以外の表情はよく目にするし、最近では「喜」の表情も下手クソだけど不器用なりに頑張っていた。
頑張ってるなんて自分でも上から目線な言い方だと思うけど、それくらい転入して来たばかりの藤岡には「喜」の感情が欠如していた。
どんな経験をしたら「喜」の感情を無くすのか、あの時の僕には分からなかった。正直、分ろうともしなかった。
でも、新歓の時。
『ちょっとみっちゃん!待ってよ!』
『……何?』
『何でリカにあんなこと言ったの!あんな風に言葉で人を傷付けるなんてみっちゃんらしくないよっ!』
『は?何それ?僕らしくないって何?お前の中の僕ってどんだけ聖人君子なんだよ』
『誤魔化さないでよ!いくらリカのことが気に入らないからって八つ当たりしないでよ!それじゃあ親衛隊の奴等とやってること一緒じゃん!』
『っ、ふざけるな!僕をあんな奴等と一緒にするな!』
『一緒だよ!自分の気持ちだけ押し付けて、あんなこと言われてリカがどう思うか全然考えてない!』
『っ!?』
『リカに謝ってよ!』
それをお前が言うのか。
今まで散々好き勝手やって来た仙堂が。
他人の顔色ばかり伺ってヘラヘラしていた、あの仙堂が。
『御手洗』
『……何?部屋に戻りたいんだけど』
『さっきのこと。未空に痛いところ突かれたみてぇだから同じことを言うつもりはない。但し、二度目はないと思え』
『ハッ、君もなの?仙堂みたいでキモいんだけど』
『お前にどう思われようと構わない。何を言われたって簡単に変わるもんじゃないんでな』
『………』
何で?
意味が分からない。
何で仙堂が藤岡を庇うのか。
何で風魔が藤岡のことを気にするのか。
珍しい物見たさで傍に置いているだけじゃないの?
いつもみたいにすぐ飽きて捨てるんじゃないの?
藤岡が、変えた…?
仙堂を、風魔を。
そして、尊様を。
だから尊様は、藤岡のことを…。