ダーリンと呼ばせて~嘘からはじめる三カ月の恋人~
 びくり、と体がわかりやすく跳ねてしまった。逃げようとする私の心を知るかのように声をかけられた――安積さんに。

「今、いい?」

「……え?」

「ちょっと時間くれる?」

「……」

 クイッと顎でしゃくられて、個室のミーティングルーム。断る理由がないし、断れるわけがない。

「は、はい……」

 恐ろしく弱々しい声で返事をしてしまって軽く咳払いをする。声に気持ちが出過ぎて自分が引いた。避けたい気持ちが顕著に出ているみたいでせめて態度だけでも毅然としたい、は思いばかり。それでも軽くなるわけのない重い足取りで安積さんに近寄った。
 
 歩み寄る私を確認したら先に部屋に歩いて行く安積さん。その背中を見つめつつも足を前に進めた。

 ――パタン、と扉を閉める。椅子に座らずテーブルに腰掛けるようにもたれて両腕を前でゆるく組んで見つめてくる。

「な、なんでしょうか」

「……うん、体調は?」

「え? あ、もう平気です。なんなら大したことはなかったので……一日ゆっくりさせていただいて回復しております」

「でも飲み会は行けないほどなんだろ? まだ本調子ではないな。だから仕事なんか放っておいても大丈夫だ、無理するな」

 気遣ってくれる優しさがなんだか辛い。この体調不良だって自らが起こした不祥事みたいで肩をすくめてしまう。心配してもらうのも烏滸がましい感じだ。

「すみません、心配させてお気を遣わせて……」

「昨夜、電話が繋がらなかった」
 
(え……)
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