ダーリンと呼ばせて~嘘からはじめる三カ月の恋人~
 そこは死角になる小さなスペースで手洗いなどが出来る簡易的な水循環型の手洗いスタンドが設置されていた。

 柳瀬部長はそこに私の手を入れて、勢いよく手を冷やしてくれた。冷たい水に晒されて痛みが徐々に神経に触れてくる。

「痕になったらどうする」

「……すみません」

「……大丈夫?」

「はい……」

火傷(これ)じゃない」

(え)

 言葉の意味が分からなくて思わず顔を手元からあげると柳瀬部長が眉を顰めて見下ろしてくる。

「泣きそうな顔してる」

「……そんなことは」

「顔色もよくない。無理しなくていい」

 シャーッと……水の流れる音が周りを包む。水の音に胸のつかえが押されるようで……。


「バカみたいに優しいヤツだからな……本当に、バカなんだよ」

 冷たい言い方なのに、どうしても愛を感じる。柳瀬部長は当時の一番辛かったころの安積さんを知っている人だ。苦しんでいた安積さんを傍で見て支えてきた人。

「傷つけるつもりなんか、なかったはずだよ」

「わかっています……わかって……っ」

 分かっている、だってこれは……私の我儘から始まったことだから。断った安積さんを無理やり言いくるめた。思い出にしてくれと、それで諦めるからと……嘘をついて。

「安積は君にちゃんと話をしたんだな」

「……」

 その場を包む沈黙が切ない。
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