ダーリンと呼ばせて~嘘からはじめる三カ月の恋人~
 何も答えない私に柳瀬部長も何も言わない。ただやはりいろんなことに気付ける方なのだ。もう嘘も取り繕うことも出来ない。心配させている。気遣われて、この今の不安定な私を包もうとしてくれるのが肌で感じるのだ。

 だから余計にこみ上がってくるものがあった。弱っているところに耐えているものが堰を切ったように溢れ出そうとする。
 
 目を閉じるだけで思い出すのだ。過ごした時間が昨日のことみたいに。思い出してしまう、安積さんと交わした言葉や思いを……思い出にしたい、そう言ったのは私なのに。

 その思い出さえ閉じ込めたいと思うほど、今はまだ辛くて……。

「ひっ……」

「四宮さん……」

 涙が溢れる。

「私が……我儘を押し付けたんです。何も知らずに、安積さんの優しさを利用しました。だから安積さんは何も悪くないんです……」

 それなのにきっと……安積さんは自分を責めている。私を受け入れたことを後悔して、私に罪悪感を抱いているのだ。
 
「……痕にならないといいな」

 冷たくなるほどの手の甲を柳瀬部長の指がそっと触れてくる。水から離されると途端に感じるヒリヒリとした痛みが体を刺激する。赤くなった手がぼやっと歪んで見えるのはどうして?

 視界が揺れているのは……目の前がゆらゆらと揺れるのは……。

「傷になったとしても……いつかちゃんと治るよ」

 それは……火傷のことを言っているんだろう。そうに違いない。だから「はい」と、頷こうと思うのに。
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