ダーリンと呼ばせて~嘘からはじめる三カ月の恋人~
 時刻は二十時を過ぎた頃。オフィス内はシンッとしている。

 それもそうだ、ほぼ誰も残ってはいない。残っているのは納期管理部第二部数名くらい。私のチームのメンバーは全員もう帰宅してしまった。安積さん以外は。

 第二部のメンバーもパソコンを閉じたりと帰る支度を始めだしてタイプキーの音だけがしていた静かな室内は少し空気が動き出す。

「四宮」

「はい」

「まだかかりそう? 時間、確認しろよ」

「はい……」

 今日は定時定退日。なるべく業務を持ち越さずに進んで定時帰りを促されている日だ。いつもなら私だって定時を目安に仕事の段取りをつけて帰宅している。今日のこの残業は――ワザとだ。

「もう帰ります」

「うん。来週できることは来週で。定時定退日だからもう切り上げろ」

 そう言っても管理職の安積さんはもちろん帰らない。しかも三カ月後にここを去るのなら、タスク処理が山積みだろう。

「おつかれさまでーす」

 そんな声がオフィス入り口から響いて私と安積さんがそれに応える。扉が閉まると同時に訪れる沈黙。時計の針の音がやたら響く。響くのは私の胸の音もだ。

「安積さん」

 席を立って安積さんのデスクに近寄って声を掛けた。オフィス内はもう私と安積さんだけの二人きり、夜のオフィスで二人の時間も初めてだった。

「……どした?」

「お話したい事があります」
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