ダーリンと呼ばせて~嘘からはじめる三カ月の恋人~
 限られた時間の尊さを儚さを……このままどこかに閉じ込めておきたい。それくらい大切にしたい気持ちだ。


「四宮……」

 安積さんの低い声が夜に溶ける。でももう、何も言わないで……そう思った。

「お仕事……頑張ってください。お身体だけは大切に……無理だけはしないでください。ご飯もちゃんと食べて……しっかり休んで……タバコの本数はもう、増やさないでっ……」

 嗜めるように言ったら眉を顰めて切なげな表情をされて胸が痛んだ。おせっかいだったかな、そう思っても後の祭りである。言ったものはもう取り消せない。それでも一緒に過ごしたからこそ知り得たことだ。そんな風に言える時間を過ごせたからこそだ。
 視界が波打ち始めて、目の前がグラグラと揺れてくる。こぼれ落ちそうになるものを必死で耐えるものの限界だと思った。

 もう無理、心が叫んだ。

「……お元気で」

 顔を上げられなかった。見上げたらその反動で涙がこぼれ落ちる。そのまま顔も見ずに……そう思っていたら手首を掴まれてハッと顔を上げてしまった。瞳の中から雫が弾け飛んだらクリアになる世界がある。その世界の中を埋めるのは……忘れないといけない人。

「四宮……俺」

 もう何も告げてくれなくていい。言葉にするほど、安積さんが傷つくだろうとわかるから。

(何も言わないで……もう、十分だから)

 言葉にならない思いを胸の中で呟いて私は言った。
 
「……さようならっ」
 
 掴まれた手を振り払うように、別れの言葉を告げて安積さんに背を向けた。
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