あの日の第二ボタン
「柴橋せんせぇ〜い!ちょっと、来てくださぁ〜い!」

 職員室から岡先生が手を振りながら叫ぶ。
彼女は悠依のクラス担任であり、優人の英語の教科担当である。
呼ばれた柴橋は「はいはーい」と返事をしながら小走りで職員室へと向かう。
体育倉庫に再び沈黙が広がる。
悠依は岡を少し憎く思いながらも必死で話題を探す。

(私の話をしようか?いや、急に話されても困るか……先輩の部活について聞く?いや、私野球なんて全然知らないや……勉強も部活も頑張ってますねって話す?なんか上から目線で無理……もう、すごい人ですねって言うしかないか……)

「あ、あの……」

悠依が勇気を振り絞って言いかけた瞬間、昼休みの終わりを告げる予鈴が校庭に鳴り響いた。
今まで校庭で投げられ、蹴られていたボールが一斉に野次馬のように体育倉庫へ飛んでくる。
ボールを片付け終わり教室へ戻る途中、悠依は心の中で何かがザワっとするのを感じた。

(なんだろう、この感覚……)

春風で校庭の木々が揺らされていた。

悠依は、その日の午後も優人のことが頭から離れず、授業内容が入ってこなかった。


いつの間にか部活の時間が終わっていた。

「ゆいっ!一緒に帰ろ?」

 大木七海が悠依に声をかける。
彼女は悠依のクラスメイトであり、吹奏楽部では悠依と共にフルートのパートである。
太陽はすでに傾き始め下校道の住宅街は薄暗くなっていた。

「……私、長川高校に行きたいんだよね。」

悠依が切り出した。
しかし、七海は意外な反応をする。

「あぁ、それって、ひろとくんもそこ目指すって言ってたな。ミヤタヒロトって人、知ってる?」

「えっ、ななみ知ってるの?」

つい大声になってしまい、周囲の生徒の視線が集中する。
悠依はバツが悪くなり小声で続ける。

「え、え、どういう繋がり?」

 七海は不思議そうに悠依を見つめながら答える。

「フツーに幼馴染だけど?家が近いんだよね。ゆいはひろとくんのこと知ってるの?」

「あ、いや、なんか、噂で、聞いただけ。」

「そっか、彼めっちゃ頭いいんだよ。あっ、じゃあ、私帰りこっちだから。また明日ね!」

「うん。また明日!」

 七海と別れた悠依は、今ある情報を冷静にまとめてみる。

(あの神みたいな先輩とななみが幼馴染……え、もしかして、これって、運命?いやでも、運命って好きな人のことを言うから、これは違うか……え、待って、もしかして今、私、恋してる?)
悠依は心拍数があがっていくのを感じた。
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