あの日の第二ボタン
また、一週間が経った。

「五番の問題は、この前線がポイントね。佐藤君、これ何前線かわかりますか?」

指名された生徒が「梅雨前線です。」と答える。
優人は憂鬱そうに教室の外を見る。
どんよりとした灰色の雲。
優人はもどかしさを覚える。


おおかたに さみだるるとや 思ふらむ 君恋わたる 今日のながめを

教師が黒板に書き終わると教室へ向けて解説を始めた。

「この短歌は和泉式部によって詠まれたものです。現代語に訳すと『あなたはいつも通りの五月雨と思っているのですか?いいえ違います。これはあなたを想う私の気持ちを代弁するような雨なのです。』という感じになります。五月雨とはつまり梅雨のことです。まさに今日のような天気ですね。」

悠依は外の景色を眺める。
雨足がどんどん強くなり悠依は大きなため息をつく。

「はぁ、今日の当番はないのか……和泉式部もこんな気持ちだったのかな。」

ガタガタと優人の教室の窓が揺れる。
優人は雨足が強くなったのを見て「今日は、なし、かぁ……」と呟く。


梅雨が明ける頃には定期テストが近づいていた。
優人は久しぶりの当番で心を躍らせながら体育倉庫へ向かった。
校庭で遊ぶ生徒も久しぶりに外に出れていつもに増してはしゃいでいた。
太陽ですら久しぶりの陽射しをカンカンに降り注がしていた。

悠依が体育倉庫に来ると例のごとく優人が先に来ていた。
お互いに会釈で挨拶を交わすが、会話に持ち込めず、沈黙がその場を支配する。

「……」

校庭で声をあげて遊ぶ生徒たちを見て、悠依は目を細めて微笑む。
優人は悠依に見惚れて、同じように微笑む。

「久しぶりに外で遊べるから、みんな、楽しそうですね。」

沈黙に耐えかねた優人が口を開く。

「そうですね。私も、嬉しいです……」

悠依は思わず本心を口走ってしまい、顔をうつむけてしまう。

すると突然、悠依へ目掛けてボールが飛んでくる。
優人は「危ない!」と叫んでギリギリでボールを弾くが、バランスを崩して体育倉庫のシャッターに激突する。

ガシャーン

痛々しい音が響き渡る。
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