罪深く、私を奪って。
ふくらはぎにその長い指の感触を感じて肌が粟立つ。
過敏になりすぎた私には、彼の指の感触だけで眩暈がしそうで。
「離してください……」
小さな声で懇願するようにそう言った私を見下ろす黒い瞳が、片方だけ細くなった。
私の声なんて聞こえていないかのように、その指先に力が込められた。
「ここ血、滲んでる」
持ち上げられた私の右足。
ちょうど膝の上あたり。
赤く引っ掻いたような擦り傷の上にうっすらと滲んだ深紅の血。
「んん……!」
その傷を癒すように、彼の指先が傷をなぞる。
「や……ッ」
やめて、やめて。
もう、心臓が止まりそうだ。
本当にイヤなら、彼を突き飛ばして逃げればいい。
部屋から逃げ出して、タクシーに飛び乗ればいい。
頭ではわかっているのに、どうしてそうできないんだろう。
こんな時間に彼の家に上がり込んで、ソファーの上に押し倒されて抵抗もしないなんて。
どうかしてる。
だって、彼には彼女がいるのに。
亜紀さんっていう、素敵な人がいるのに……。

その時、リビングから続くもう一つの部屋の扉の向こうで、カタリと小さな物音がした。
だ、誰かいるの……?
びくりと体を強張らせた私を見下ろして、石井さんが不思議そうな顔をした。
「どうした?」
耳元で響いた低い声に、私は無言で物音がしたドアの方を指さして答える。
もしかして、あっちの寝室に亜紀さんが……?
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