罪深く、私を奪って。
もしかしたら今も誰かが隠れて私たちの事を見ているかもしれない。
そう思うとやっぱり怖くて、送ってくれると言う石井さんの言葉に素直にうなずいた。
石井さんは確認するようにあたりを見回してから、私の後ろをゆっくりとついてくる。
大丈夫だと思ったけど、またこの場所に戻ってくるとあの恐怖がよみがえる。
足音の響く鉄筋製の階段。部屋のドアの郵便受け。
昨日の夜、確かにここに誰かがいたんだ。
そして、その人は今もどこかで見ているかもしれない。
そう思うと落ち着かなくて、早く部屋の中に逃げ込みたくて。
急いでアパートの鍵を差し込もうとしたけど、指先が震えてうまくいかなかった。
そんな情けない私の姿を後ろから見ていた石井さんが、突然その手を掴んだ。
「……?」
強く握られた手に、驚いて石井さんの顔を見上げると体をドアに押し付けられた。
「あ、あの……?」
突然自由を奪われた体。
冷たいドアと石井さんの間で身動きもとれずに固まっていると、彼の綺麗な指が私の頬に触れた。
まっすぐに私をみつめたまま、ゆっくりと近づいてくる彼の顔。
嘘……。
キスされる?
こんな場所で。
誰かが、私に悪意を持った誰かが、またどこかでカメラを構えながら私たちを見ているかもしれないのに……。
近づいてくる彼の顔に思わずぎゅっと目を閉じる。
すると至近距離で彼が小さく笑った気配がした。
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