罪深く、私を奪って。
強引に重なった唇。
普段会社では見せないリラックスした柔らかい表情。
有無を言わせない低い艶のある声。
冷たい事を言うくせに。
素っ気ない態度で私に関心なんてないくせに。
私の電話に取り乱してかけつけてくれたりする。
気分屋で、傲慢で、何を考えてるかわからない。
そんな人だ。
強引に私を翻弄し、意地悪に笑う狡い男。
私、石井さんの事が好きなんだ……。
「……ごめんなさい。私、好きな人がいるんです」
私がそう言うと、沼田さんは顔を上げて笑った。
「あー、やっぱり。そうですよね」
「やっぱり?」
「いつも見てたからわかります。最近野村さんの様子がおかしかったのくらい。石井の事が、好きなんですよね?」
私はそんなにわかりやすい表情をしてたんだろうか。
そんな表情でいつも石井さんを見てたんだろうか。
私自身、彼への気持ちに気づいたのはたった今だっていうのに。
「僕、今月いっぱいで会社やめます」
「……え!?」
突然の言葉に、私は驚いて沼田さんの顔を見た。
「あ、野村さんに振られたからじゃないですよ。うちの実家、和歌山でミカン農家やってて。親父が腰悪くしちゃったから戻って来て家業手伝えっていつも言われてたんです」
「そう、なんですか……」
「もうすぐ会社やめて野村さんと会えなくなると思うと焦っちゃって。あんな作り話をしてまで話すきっかけつくろうとして、すいませんでした」
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