罪深く、私を奪って。
「受付はあまり残業になる事はないので、たぶん6時には上がれると思いますけど……」
彼の質問の意図がわからずに、戸惑いながらそう言うと、
「わかった。じゃあ休憩室で待ってろよ」
彼は当然のようにそう言った。
「待ってろって……?」
「次はお前がおごるって約束だろ。何か用事ある?」
ぽかんとする私に、石井さんは軽く眉を上げる。
「特に用事はないです、けど……」
そう言った時、カウンターに置かれた電話が鳴りだした。
あ、電話にでなきゃ。
条件反射で受話器に手を伸ばした私を見て、
「じゃあ、後で」
石井さんはそう言ってエントランスを後にする。
「あの、ちょっと……!」
私は了解なんてしてないのに!
一方的に約束をとりつけて、去っていく石井さんを呼び止めようとすると
『もしもし?』
左手に持った受話器から聞こえてきた声に、私は慌ててそれを耳に当てた。

更衣室のロッカーに取り付けられた小さな鏡。
その中に映った自分の顔を見ながら、前髪をつまんで整えてみる。
仕事を終え、ワンピースの制服から私服に着替えた私は、軽くメイクを直しポーチの中から口紅を取り出して手を止めた。
……なんか口紅まで塗り直したら、いかにもメイク直しましたって思われそう。
彼を意識してるって、勘違いされたらイヤだな。
そう思って口紅をポーチにしまい、かわりに透明のグロスを取り出して唇に塗る。
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