エリート外科医の蕩ける治療
「どうかした?」

「……外科に女医さんが来たって、何で教えてくれないんですか?」

何もやましいことはないはずなのにドキッとする。まさか杏子の口からマリエのことが発せられるとは思ってもみなかったからだ。でもよく考えてみれば、この店は患者も看護師も常連だというし、女医が来たという話が耳に入っていても不思議じゃない。だから「あー、まあ、臨時採用だしな」と素っ気なく答えたのに……。

「一真さんの元カノなんですよね?」

その言葉にハッとなる。いや、だから、マリエとやましいことは何もない。あるとすれば別のことだ。ドクンと心臓が嫌な音を立てた。

「誰から聞いた?」

「マリエ先生です」

「あいつ……」

杏子に会えて嬉しかったはずなのに、杏子の口から“マリエ”や“元カノ”という言葉が出てきたことに一気にイライラが戻った。しかもそれはマリエから聞いたという。いつの間に、何の話をしたと言うんだ。

俺はマリエとは何でもない。元カノというのは本当だが、俺にトラウマを植え付けたくらいの、今では俺にとっては天敵とも言える存在。だから正直、杏子がそんなに食いつく意味が分からなかった。むしろ興味を持ってほしくなかった。

「どうして教えてくれなかったんですか?」

「教える必要ないだろ? 興味もないし。それにわざわざ元カノですって杏子に教えたら、杏子が嫌な気持ちになるだろ?」

「そうかもだけど……だって心配だったから」

「何を心配することがあるんだ? 俺の彼女は杏子なんだから、むしろ胸を張っていてもらいたいよ」

「胸を張る……」

杏子は自分の胸に手をやる。そういうことじゃない、むしろそれは胸の形が分かるからやめてほしい。人に見られたらどうするんだ。

「一真さんはボンキュッキュッが好き? ボンキュッボンが好き?」

「何それ?」

「体型の話」

「杏子が一番の好みですが?」

「わがままボディでいいんですか?」

「良いに決まってるだろ? どうしてそういう話になるんだ?」

「だって私がもっとボンキュッボンだったら、一真さんも嬉しいかなって思っただけ」

なんとなく、杏子の言わんとすることがわかった気がした。マリエと何があったのか知らないが、マリエはモデル並みにスタイルがいい。それに感化されたとか、どうせそんなところだろう。

思わずため息が漏れた。マリエのことなんて考えたくもないのに。
それよりも、背中に嫌な汗をかく。俺が杏子に知られたくないことは、あの事(・・・)だけだ。俺が杏子をずっと騙していることを――。
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