隠れる夜の月
「六階から下りてくんだ。元気だねぇ」
感心したような向山の発言に、はっと我に返った。
「そうだな……」
同じく、感心した心持ちになりつつ、拓己はつぶやく。
瑞原三花。
国内の中小企業を担当する営業二課の、営業職。
大手企業担当の一課に比べると、二課には女性の営業が多い。それでも男女比が三対二には届いておらず、一課に至ってはようやく五対一という具合だ。女性が営業職、ひいては幹部職に選ばれにくいのはうちのような老舗企業のマイナス面だと、拓己は感じている。
社長の父が努力しているのは知っているが、古株の専務・常務陣には頭の固い者が多く、特に人事担当の専務と常務はそろって「女は男に劣る」と考えている節があった。
それゆえか、入社研修後すぐの配属で、営業職に就く女子社員はここ数年いない。瑞原三花も営業志望だったと聞いたが、最初に配属されたのは営業一課の事務職だった。
なぜ知っているかと言えば、事務担当としてその時付いた営業課員が拓己自身であり、当初は三花の教育係も兼ねていたからだ。
「すっかり営業が板に付いたみたいじゃないか、彼女も」
「ああ、よかったよ」
昔から瑞原三花は、あふれんばかりの快活さで、周りの空気も明るくするような性質だった。彼女のそういう面が仕事に活かされているなら何よりだ。そう思って受け答えしたのだが、向山はなぜか首を傾げた。